「感じること」
というのは、人に備わった
素晴らしい性能だと私は思っています。
「感じること」には2種類あって、
一つは、
🌟「五感で感じる」こと。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚ですね。
これは、自分が実際に体を使って感じることができるものです。
とはいえ、考え事をしている時にものを食べても、
その味を全然覚えていないように、
🔷「感じているのに、感じ取っていない」
ということも多いのですが(笑)
もう一つは、
🌟「第六感で感じる」こと。
五感では感じ取れない、
理屈では説明できない
「なんとなく」な感覚や、
直感的なひらめきのようなものです。
「なんだかこの場所、いい感じがする」
といった感覚とか、
「なんとなく、こうするといい感じがする」
といったインスピレーション。
それも「感じること」の素晴らしさの一つです。
私は基本「頭でっかち」な左脳さんなので(笑)、
八百屋さんで大根を買おうとしても、
「こっちのほうが大きい。こっちが安い。これが新鮮そう」
といった情報を基にした左脳的ジャッジをしやすいです。
でも、
🌟思考を止めて「感じる」🌟
ようにしてみると、不思議なもので
「なんだかこれが『食べてほしそう』な気がする」
「これがなんか、やけに気になる」
といった「なんだか、そんな気がする」という感覚が
育っていく感じがするのです。
その感覚を大事にして買ってみると、
すべてがすべて「◎!!」
・・・ということは実はありません(笑)
「アレ?すが通っている」
「なんだかガジガジ」
と、それほどおいしくない時もあるんです(笑)
でも、工夫して調理すればちゃんと食べられるので、ノープロブレム。
大事なのは、それにめげずに、
🔶それでも自分の感覚を大事にして選び続ける🔶
ということなんですね。
道を歩いていて、
「あ、あの木の下が気になる」
と思ったら、「面倒くさい」と感覚を無視せず、
てくてくと行ってみる。
そこの下には、何も特別なものがないかもしれません。
けれど、
🌟自分の感覚を大事にして行動する🌟
というのは、例えそれで何もなくても、
逆にやらなかった方が良かったかもしれなくても、
やっぱり
🔶自分にとってやる必要があること🔶
なのだと私は思うのです。
もしかしたら、自分には見えなくても、
その木の下には何かの精霊がいて、
自分が行ったことによって慰められたのかもしれません。
「なんとなく言っておいたほうが良い気」がして伝えたら、
それがひどく面倒くさいことを引き起こして、
「『なんとなく』を無視して言わなきゃよかった(>_<)」
と後悔したとしても、
それを言うことによって、
間違いなく自分を含めた関係した人に、
なにか必要な変化を起こしたのです。
にも書いたのですが、
🌟「感じる」ときには思考を止めて、言葉以外の感覚を感じ取ろう🌟
とするのが大切です。
「なんだか、輝いて見える」
「なんだか、ふわっと包み込まれる気がする」
「なんだか、いい香りがする気がする」・・・
五感を通じて感じ取れるような気がする「何か」を、
ぜひキャッチする練習をしてみてください。
自分を取り巻く世界が
🔶なんておしゃべりなんだ!🔶
と気がつくようになりますよ(^_-)-☆
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