を読んでいたら
ふっと思い出した夢がある。
一ヶ月くらい前、目が覚めても
色や空気の温度まで覚えていた
あの強烈な夢だ。
舞台は、私が小学校に上がる前に
住んでいた近く。川はたぶん広瀬川。
両岸は切り立った崖で、
その崖の内側はアパートメントのような
住居空間になっていて窓が綺麗に並んでいた。
地中なのに暗さはなく、
緑が瑞々しくて、空気がやさしい。
川には石造りのアーチ橋が二つあって
今の橋とはちがう、丸みのある古く重厚感がある。
私はその二つの橋のちょうど真ん中あたりに
立っていて、どちらに向かおうか迷っていた。
対岸の地上には、飲食店や小さなショップが並び、
人の声があちこちから弾んでくる。
犬を連れて散歩する人の姿も見える。
穏やかで賑やかで「あそこへ行きたい」と心が動く。
けれど私は、どちらの端からも遠い真ん中で、
足を踏み出せずにいた。
その場所に至るまでの街並みは、
迷路のように入り組んでいて
ようやく川べりに出てきたところだった。
目が覚めてからもしばらく、
あの緑の匂いと川の音が体に残っていた。
あれはいったい何を語っていたのだろう。
私なりの夢読み
• 川:時間やいのちの流れ。過去から未来へ、
ただ流れていくもの。
• 切り立った崖の“地中の住まい”:
内側の世界、記憶や無意識にある安全地帯。
幼い自分が守られていた場所。
• 石のアーチ橋が二つ:二つの渡り方、二つの道。
どちらも“向こう岸”に通じる確かな構造。
• 賑わう地上の街:今ここでの社会、現実の活動、
誰かと出会い交わる場。
• 犬の散歩:ガイド、忠実さ、日々のペース。
焦らず歩くという合図。
• 真ん中で迷う私:どちらも正解、だから迷う。
選ぶこと自体が“橋を渡る”行為。
• 迷路のような道:ここまで来るのに十分歩いてきた、
という証明。川べり=境界線に立っている。
こう並べてみると、夢は
「内側に根を下ろしたまま、外側へも開いていこう」と言っているように感じる。
どちらかを捨てるのではなく、
二つの橋のどちらを先に渡るかを選ぶだけ。
良し悪し、二元性を超えて渡される橋。
真ん中に立って迷う時間も、
実は俯瞰の目線に気づく瞬間だったのかもしれない。
いまの私へのメッセージ
1. 最初の一歩を“どちらでもいいから”出す。
右の橋でも左の橋でも、渡りはじめれば景色は
動き出す。
2. 内側の静けさを連れて行く。
地中の住まいの緑と涼しさ——あの質感を
現実の予定表の中にも持ち込む。
3. 日々のペースを大切に。
犬の散歩のように、同じ時間、同じ歩幅で続ける
小さな習慣を一つ決める。
4. 人のいるところへ。
賑わう通りへ一歩。会いたい人に会い、
話したいことを話す。私の向こう岸は
そこに広がっている。
そんな感じかな。
夢は、ときどき地図よりも先に
未来の景色を見せてくれる。
私が真ん中で立ち止まっていたのは
怖かったからではなく、橋の美しさを
確かめていたから。
それは、本当に心を掴まれるような
美しい光景だった。
ならばそろそろ、一歩。
流れる川は待ってくれるし、
私の中の緑も枯れたりしない。
行きたい方へ、行こう。
あなたが最近見た夢はどんな夢でしたか?
読んでくださったあなたの「忘れられない夢」の
一場面があれば、ぜひコメントで教えてください。
夢の断片は、きっと誰かの橋になります。
思い立って、今日は2つも
ブログを書いてしまいました。
午後も素敵なひとときを💗


