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母親と絶縁した理由|発達障害の孫を恥ずかしがった祖母との距離
あなたのおふくろの味は?
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『おふくろの味』という言葉は、
まるで誰にでも一つはあるかのよう
に語られますが、実際には家庭に
よってかなり違うのだと思います。
毎日手料理が出る家庭もあれば
外食や出前が多い家庭もある。
共働きで簡単な食事中心の家庭も
あれば親自身が料理をあまり好きで
はない家庭もある。
祖父母や別の家族が料理担当だった
家庭もあるでしょう。
おふくろの味がない私と、15年前に絶縁した母のこと
「おふくろの味は何ですか?」
そう聞かれても、私には思い浮かぶ
料理がありません。
子どもの頃は偏食が強く母も料理を
あまり作る人ではありませんでした
食卓には出前のお寿司や外食が並ぶ
ことが多く、世間で語られるような
母の手料理の思い出は、ほとんど
ありません。
そのことを話すと寂しい子ども時代
だったのでは?と思われることが
ありますが、私はそうは思っていな
いのです。
少なくとも子どもの頃は特別な不満
を抱えていた記憶はありません。
おかげさまで食べるものに困ること
もなく、生活に不自由を感じること
もありませんでした。
大人になった今、振り返ってみるとADHDの私を育てるのは本当に大変
だったと思いますが、今の私から見
てもやっぱり変わった親だったなぁ
と思うことがあります😓
特に、私が母との関係を断つ決断を
した理由は、次女への対応でした。
母は、次女の障害について隠すよう
な発言をしたり周囲に知られること
を恥ずかしいことのように扱ったり
しました。その姿勢を目の当たりに
するたび、この人とはこれ以上良い
関係を築いていくことは難しいと感
じるようになりました。
そして15年前、
私は母との縁を切りました。
ただ、不思議なことに、
だからといって母を全面的に否定
したいわけではありません。
私を育ててくれたことは事実ですし
それなりに愛情をかけてくれていた
とも思っています。
親にも得意なことと苦手なことがあ
り、人としての凸凹があります。
母にも母なりの限界や価値観があっ
たのでしょう。
もちろん、それが次女を傷つけるよ
うな言動を正当化する理由にはなり
ません。だから私は距離を置くこと
を選びました。
私には、親子関係を、良いか悪いか
の二択では語れません。
感謝している部分もあれば、
受け入れられない部分もある。
好きだった記憶もあれば、距離を
置かなければならない現実もある。
私にとって母とは、そんな存在です。
だから私は、おふくろの味がないこ
とを不幸な子ども時代だったとは
思っていません。
私の家庭の食卓は、世間で語られる
典型的な家族像とは少し違っていた
だけです。
懐かしく思い出すおふくろの味は
ないけれど、
おふくろの味=母の手料理という
定義に当てはまらないだけで
懐かしさの対象は別にあるのです。
例えば、よく頼んでいたお寿司
決まった中華の出前
よく買ってもらったお菓子
休日の外食、こういうものが、
その人にとっての家庭の味になるこ
ともあると思います。
私は、出前の中でも中華屋さんの
オムライスと宝石箱のアイスです🍧
それは決して美談ではないけれど、
かといって不幸の物語でもありま
せん。
ただ一つの、私自身の家族のかたち
だったのだと思っています💕
最後まで読んでくださり
ありがとうございました
akebono🌄


