題名はエデンの園でアダムとイブが
禁断とされていた善悪の実を食べてしまって
神からそのことを追及された時、
アダムが言ったとされる台詞です。
Pieriaさんのブログの中で紹介されていた
女性の怒りの根源に関する動画の中では、
これが軽視され、裏切られる女性の体験のはじまりだと述べられています。
私は自分自身の体験から、このアダムの発言は
ある意味で真実なのでは?と思いました。

私の父は、私にだけ手を上げていたそうです。
そうです、と他人事な書き方なのは
実は私自身は覚えていないからでして。
父に対して叩く人、というイメージはあるものの
叩かれたことに関して明確な記憶はないので、
割と最近(ここ一年以内)母に聞いたところ
私にだけ手を上げ、弟にはそういうことはなかったと言っていました。
(日常的に手を上げていた訳ではないので、
今で言う虐待とまではいかない程度です。)
私は割と記憶力がいい方なので、
それにも関わらず忘れているということは
叩かれた記憶を覚えていては生きるのが大変、と
脳が自発的にしまい込んでくれたように感じました。
お陰様で今日まで無事に生きて来られたので、
自分の脳には感謝しかありません✨

ところでマヤ暦で見ると私の実家はかなり複雑で、
父の紋章と私のウェイブスペル(WS)が神秘KIN、
父の紋章と母のWSが反対KIN、
母の紋章と弟のWSが反対KIN、
弟と私のガイドKINが父の紋章、
父と弟の銀河の音は同じ13で
母と私の銀河の音は同じグループかつ倍音の関係。
猫がじゃれた後の毛糸玉みたいなこんがらかり方です🙀
反対KINだらけの我が家の中で
父と私が唯一神秘の関係だったことが
私だけに手を上げた一因だったのかな、と
マヤを知った今はそう思います。
惹かれるからこそ、一番わかって欲しいのに
うまく表現ができなくて
(父は言動での表現がとても下手くそでした😅)
私に手を上げてしまったのではないでしょうか。
しかしマヤ暦なぞ知らなかった子供時代、
私にだけ手を上げる父には恐れしか感じないため
私は知らず知らずのうちに男性に対して
暴力的なイメージを持ってしまい、
無意識に顔色を伺うようになっていました。

手を上げる男性と顔色を伺う私、という構図は
結婚して今度は旦那さんと私の間で繰り拡げられることになります。
旦那さんは手を上げるまではいかないものの、
機嫌が悪いと言葉の端々が攻撃的になり
子供に対しても扱いがぞんざいになって
ちょっと引っ張ったりするようなことも。
一度だけ、旦那さんが手に持っていたタオルで
思い切り私をひっぱたいたこともあります。
後からわかったのですが、旦那さんも
お義母さんが叩く人だったそうです。

父に対しては、私が子供だったこともあり
大っぴらに対抗することはあまりなく、
無言で言うことを聞かないというのが私のスタンスでしたが(でも言うことは聞かない。笑)
旦那さんに対しては夫婦なので、
父娘よりは関係が対等なこともあり
私も対抗してはよくケンカになっていました。
子供が少し大きくなってからは、
目の前でケンカするのも良くないだろうと思い
静かに火花を散らす程度にすると同時に、
そもそもケンカにならないよう
旦那さんの機嫌を横目で見ながら、
危ない感じの時にはなるべく刺激しないように
子供も含めて言動に気をつけるようになりました。
このやり方、実は我慢しているだけで
根本的な解決にはなっていないのですが
一見ケンカが減って夫婦間がうまくいっているように見えるのが厄介なところです。
我慢が続くと爆発してしまうので、
回数は減るものの結局はケンカに至ってしまい
我慢していた分、むしろ大爆発してしまいます💥

ここで話がちょっと横に逸れますが、
マヤ暦で見ると私の家族も
実家に負けず劣らずの複雑さ。
旦那さんと私の紋章同士が神秘KIN、
旦那さんと上の子の紋章同士が反対KIN、
旦那さんと下の子のWS同士が反対KIN、
上の子と私のWS同士が神秘KIN、
上の子と下の子は銀河の音が2と12で同じグループ、
旦那さんと下の子は銀河の音が倍音の関係、
と昼ドラもびっくりの相関図です(笑)
しかも子供たちは私の実家とも関係があり、
上の子は私の父と紋章同士が類似KINの上に
WSが父と同じで私の母とはWS同士が反対KIN、
下の子は私の母と紋章同士が類似KINで
弟とは紋章同士が神秘KIN、
弟の紋章と下の子のWSは同じです。

マヤを知り、手始めに家族を調べた時には
あまりの複雑さに驚愕しました。
自分の家族、実家、そして子供と実家の繋がりを知った時
この子たちは、私の中でうまくいっていない父と母、ひいては私の中の男性と女性の仲の悪さを
私自身が解消するのを助けるために
私を選んで生まれてきてくれたんだな、と思いました😌

そんな気づきもありつつ、旦那さんとの関係では
私が日々我慢→爆発→ケンカ→変わらない旦那さん→私が日々我慢…の無限ループを繰り返す中で
次第に私は離婚を考えるようになり、
とうとうある晩に私の分を全部書き込んだ
離婚届を突きつけるまでに至りました。
旦那さんは寝耳に水でびっくり仰天、その晩は長時間話し合い
ひとまず離婚はせず、旦那さんが努力すると言うので様子を見ることにしました。

この一件、旦那さんと話し合ったこともあり
私が自分自身を省みる
大きな大きなきっかけになったのですが、
長くなったので続きは別記事に書きます。