皆さま、こんにちは!
まずは毎度のご報告から。
先日UPしたブログが本日のアメトピに掲載されました。
運営さん、今回もありがとうございます!
こちらの記事でした。
一度と言わず二度三度とチェックくださいね。
今日は今月訪れたばかりの筑豊電気鉄道線から
熊西(くまにし)駅の訪問記です。
この日、筑豊電気鉄道線を訪れた理由は
今月末で廃止になる西黒崎駅を見るため。
いよいよ廃止日が明日に迫ってきましたね。
西黒崎駅を見終えた後は
黒崎駅から電車に乗って熊西駅に到着~
ホームで乗ってきた電車を見送りました。
ちなみに右に見えるのはJR鹿児島本線の線路です。
この辺りは筑豊電気鉄道線と鹿児島本線が並走してましたよ。
そんな熊西駅は西鉄北九州線の駅として大正3年に開業。
開業当時の駅名は貞元停留場で
昭和43年に現在の駅名に改称されたそうです。
この辺りは昔から「貞元」という地名でしたが
熊手地域の西にあることからいつしか「熊西」と通称されるようになり、
昭和34年になると正式な地域名に変わったとのこと。
熊西駅の駅名の変遷はそんな歴史を物語ってます。
昭和31年になると熊西駅を起点にした筑豊電気鉄道線が開通。
筑豊電気鉄道線と西鉄北九州線の分岐駅に変わりました。
…といっても構内に2線の分岐があるワケじゃなくて
分岐点が置かれていたのは駅から西方0.2キロの地点です。
下は国土地理院のサイトから転載した昭和50年撮影の航空写真。
画像の右側に2線の分岐点があるのがわかりますよね。
同じ場所をグーグルマップで見ました。
高架道の黒崎バイパスが開通した以外、
この辺りは大きく変わっていないっぽく。
熊西駅のホームから見えるこの辺りが
2線の分岐点だったと思われます。
なお分岐点より西の区間ですが
平成12年に折尾駅方面に伸びる西鉄北九州線は廃止され
残された区間は筑豊電気鉄道の路線に変わりました。
筑豊電気鉄道と熊西駅の歴史は複雑だなぁ。
それでは構内を眺めてみましょう。
外から駅の存在を知らせるモノはなく、
出入口が市道に面して開けられてるだけでした。
外から確認できる駅名標すら見当たりません。
相対式ホーム2面2線構造の構内です。
2本のホームは構内踏切で結ばれてましたよ。
最後はどうでもイイ話です。
構内の境界柵にクルマのイラストが描かれた
飛び出し注意の看板が掲げられてました。
描かれてるクルマはドアミラー付き。
それまでフェンダーミラーだけだった国産車に
規制緩和でドアミラーが採用されたのは昭和58年です。
この看板は昭和58年以降に制作されたワケですけど…
描かれたクルマ、カッコいいと思いません?
新型車は奇抜なデザインばかりになってしまった昨今、
この頃のオーソドックスなデザインのクルマが登場したら
今でも売れると思ってました。
いすゞ117クーペや初代日産シルビアなんか
今でも通用するデザインだと思ってるのは
自分だけでしょうかね?
個人的に欲しいクルマはKEN13日産エクサのキャノピーです。
中古で一度手に入れましたが
その後に手放したことを今でも後悔してました。
願いが叶うなら後期L.A.バージョンの薄緑色っぽいやつが欲しい。
距離は不問です。
100万円くらいで売ってくれる人はいませんかね?
最後は熊西駅と全く関係がないお願いでした。
黒崎駅前駅
熊西駅(令和8年7月7日)
穴生駅
今池駅
永犬丸駅
三ヶ森駅
西山駅
通谷駅
東中間駅
筑豊中間駅
希望が丘高校前駅
筑豊香月駅
楠橋駅
新木屋瀬駅
木屋瀬駅
遠賀野駅
筑豊直方駅
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