皆さま、こんにちは!
「国鉄時代の木造駅舎はお好きですよね」
このブログで何度書いたことか…
でも好きなのだから、
これからもどんどん言わせてください。
五能線・陸奥岩崎(むついわさき)駅。
ここもそんな駅舎が残る駅でした。
陸奥岩崎駅は昭和7年に開業した駅で、
今ある駅舎は昭和31年に竣工したモノです。
駅舎に竣工年が記された建物財産標が貼られてましたが…
となると初代駅舎は
わずか24年で建て替えられたことになります。
駅舎の寿命としてはあまりにも短い気がしますが、
陸奥岩崎駅の駅舎に何が起きたのでしょう?
陸奥岩崎駅は海岸線から200メートルしか離れていないために
駅舎の劣化が進行した?
もしくは高潮が押し寄せたとか?
壁面のモルタル塗りや嵩上げされた電話ボックスを見ながら
いろいろと考えちゃいましたよ。
現在は無人駅の陸奥岩崎駅ですけど、
五能線の歴史を語る上では外せない駅だそうで。
そのエピソードは後ほど触れさせて頂きます。
陸奥岩崎の無人化は意外に早く、
国鉄時代の昭和61年に無人駅に変わったとのこと。
以後は簡易委託駅として窓口営業してましたが、
Wikipediaによると平成17年に委託営業を解除。
当時使われていた窓口は塞がれてました。
国鉄末期は400人/日近くの利用者数があったようですが、
現在は1/5程度まで落ちてしまったみたいですね。
ベンチがズラリと並んでましたが、
すべてが埋まることはあるのでしょうか?
駅舎を出てホームに進入しますが、
駅舎とホームの距離に注目ですよ。
この距離を見て、
昔はここに線路が敷かれていたと思った方は
大正解です。
現在は単式化されたホームですが昔は島式で、
駅舎寄りの線路には貨車が留置されてたんですって。
それだけではありません。
構内には1本の廃ホームが残されてますが、
こちらも元は島式ホームで
陸奥岩崎駅は五能線内では唯一(かな?)の
島式ホーム2面4線構造の駅なのですよ。
下は国土地理院のサイトから転載した
昭和23年撮影の航空写真ですが
わかります?
確かに2本の島式ホームが写ってました。
駅舎のすぐ隣には巨大な貨物ホームがあり、
ホームの手前側にあった線路は
ここに繋がっていたそうです。
陸奥岩崎駅の構内が広かったのには理由があり、
五能線が全線開通する以前の国鉄能代線だった時代は
ここが終着駅だったとのこと。
五能線が全線開通するまで4年間は
能代駅方面の列車が折り返していたのと、
深浦駅方向に向かう工事列車の往来で
賑わっていたみたいですよ。
現在は棒線化されましたが、
構内には鉄道輸送が繁盛していた時代の名残りが
意外に多く残ってます。
これを見てキュンキュンきちゃう同志の皆さんも
多いのではないでしょうかね?
自分がここを訪れたのは5年前です。
当時はキハ40系が現役でしたっけ。
列車とホームの間はこれだけの段差があります。
五能線では今年、
北金ヶ沢駅の駅舎の建て替えがありましたが
次のターゲットはここじゃないでしょうかね?
駅舎とホームが一体化されると
より広い駅前広場が生まれますので。
美しい白神山地に向けて列車が発車しました。
この景色が心像風景っぽくて
堪らなく良いのですよ。
最後にどうでもイイ話ですが…
上は陸奥岩崎駅の待合室に貼られていた、
列車のお見送りを呼びかけるポスターです。
イラストはフリー素材なのでしょうけど、
コレしかなかったのでしょうかね?
ここにいつか泊まろうと心に決めて早20年…
↑(東能代駅方面)
陸奥岩崎駅(平成28年11月8日)
↓(川部駅方面)
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