川合玉堂 ―なつかしい日本の情景― | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

美術を、もっともっと身近なものに。もっともっと楽しいものに。もっともっと笑えるものに。

日本初の日本画専門美術館として、1966年に開館した山種美術館。

今年でめでたく60周年、人間で言えば還暦を迎えました。

それを記念して今年2026年は、例年以上に、

スペシャルな特別展が多数ラインナップされています。

そのトップバッターを飾るのが、【開館60周年記念特別展1】川合玉堂 ―なつかしい日本の情景―です。

 

川合玉堂展:なつかしい日本の情景
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を頂いております。)

 

 

山種美術館の創立者である山﨑種二が、

個人的に交流した日本画家は数多くいますが、

中でも深い交流のあった一人が、川合玉堂(1873~1957)

玉堂の家を何度も訪れるほどの間柄だったそうで、

その縁から山種美術館の所蔵品となった玉堂作品は71点を数えるそうです。

本展ではそんなコレクションの中から、初期の代表作の一つとされる《鵜飼》や、

 

川合玉堂《朝晴》 山種美術館 60周年記念展

川合玉堂《鵜飼》 1895(明治28)年 絹本・彩色 山種美術館

 

 

終戦を迎えた昭和20年に制作された《早乙女》

 

川合玉堂《早乙女》水田で田植えをする人々
川合玉堂《早乙女》 1945(昭和20)年 絹本・彩色 山種美術館
 
 
戦後の第1回日展に出品された 《朝晴》といった、
 
川合玉堂《朝晴》 山種美術館 60周年記念
川合玉堂《朝晴》 1946(昭和21)年 絹本・彩色 山種美術館
 
 
選りすぐりの名品の数々が出展されています。
さらに、晩年の玉堂が暮らした青梅市にある玉堂美術館が所蔵する、
写生画巻や重要文化財の 《行く春》 (東京国立近代美術館蔵)の下絵も出展されていました。
まさに60周年を祝うに相応しい特別な川合玉堂展といえましょう。
 
image
川合玉堂《写生画巻》 1889~90(明治22~23)年 紙本・彩色 玉堂美術館
 
image
川合玉堂《行く春 (小下図)》 1916(大正5)年 紙本・淡彩 玉堂美術館
 
 
さて、玉堂といえば、彼が他界した際に、
日本画家の鏑木清方が、こんな言葉を残したことで知られています。
 
「日本の自然が、日本の山河がなくなってしまったように思う」
 
もちろん今なお、日本には自然や山河は残っており、
清方の発言は、一種の比喩表現に過ぎないわけですが、
そう言わしめるほどに、玉堂は日本の自然や山河を多く描き続けました。
 
川合玉堂《早乙女》 山種美術館 60周年記念展
川合玉堂《春風春水》 1940(昭和15)年 絹本・彩色 山種美術館
 
山種美術館、川合玉堂《朝晴》、風景画
川合玉堂《山雨一過》 1943(昭和18)年 絹本・彩色 山種美術館
 

 

玉堂が描く風景は、のどかで牧歌的なものが多く、

さらっと見るだけでは、そのスゴ味に気が付きづらいのですが。

本展を通じて改めて、玉堂作品を観てみたところ、

もやや霧、煙の表現に挑んだと思われるものもありました。

 

川合玉堂《山雨一過》山種美術館蔵

川合玉堂《雪志末久湖畔》 1942(昭和17)年 絹本・墨画淡彩 山種美術館

 

川合玉堂《鵜飼》山種美術館所蔵
川合玉堂《鵜飼》 1939(昭和14)年頃 絹本・彩色 山種美術館

 

 

どことなく、ターナーを想起させる作風で、
伝統的な日本画とは一線も二線も画しています。
実は意外と、チャレンジ精神旺盛な革新性も併せ持った画家だったようです。
なお、研究熱心でもあったようで、若い頃は琳派の研究もしていたそう。
本展には、その研究成果がいかんなく発揮された、
玉堂美術館が所蔵する 《紅白梅》も出展されています。

 

image

川合玉堂《紅白梅》 1919(大正8)年頃 紙本金地・彩色 玉堂美術館

 

 

いい意味で、玉堂らしさが感じられない作品。

玉堂にもこんな時代があったのですね。

 

玉堂らしさが感じられない作品は他にも。、

中でも印象に残っているのが、《熊》です。

 

image

川合玉堂《熊》 1946(昭和21)年 紙本・彩色 山種美術館

 

 

左上に書き添えられた文章によれば、

当時としては珍しく、玉堂の住む御岳の近辺に、

巨大な熊が現れ、射殺されたのだそうです。

(令和の現在では、八王子市にも出没するようになりましたが)

その日がおりしも自身の誕生日だったため、玉堂は記念にこの絵を描いたのだそう。

とんだ誕生日サプライズですね。

 

また、玉堂は熊以外にも、ウサギや猫など動物の絵をわりと多く描いたようです。

中でも好んで描いていたというのが、猿。

 

image

川合玉堂《猿》 1955~56(昭和30~31)年頃 紙本・墨画淡彩 山種美術館

 

 

若い頃の玉堂は、猿を描くために、実際に子猿を飼って、日々写生していたそうです。

なお、一人で寝かすのは可哀そうだったため、毎晩子猿を抱いて寝ていたとのこと。

作品はもちろん、穏やかな人柄も評価される玉堂ですが、

その人柄の素晴らしさは、猿にも発揮されていたのですね。

サル山に侵入した自称外国籍の男に、玉堂の爪の垢を煎じて飲ませたいものです。

 

それからもう一つ印象に残っているのが、《氷上(スケート)》という作品。

 

川合玉堂《氷上》スケートをする人々
川合玉堂《氷上(スケート)》 1953(昭和28)年 紙本・彩色 山種美術館

 

 

玉堂が住んでいた御岳には戦前から天然のスケート場があり、

戦後いち早く整備され、昭和28年にはスケート場が開場したそうです。

その開会式にゲストで呼ばれたのが、

日本の女性フィギュアスケートの先駆者“悦ちゃん”こと稲田悦子でした。

演技を披露する“悦ちゃん”を写生し、制作されたのが《氷上(スケート)》です。

玉堂には意外とミーハーな一面もあったのかもしれません。

なお、その際に詠んだとされるのが、こちらの歌です。

 

川合玉堂《氷上》墨書 60周年記念展

川合玉堂《氷上》 1953(昭和28)年頃 紙本・墨書 山種美術館

 

 

・・・・・・・達筆すぎて、「リンク」しか読めません(汗)。
 
 

 ┃会期:2026年5月16日(土)~7月26日(日)

 ┃会場:山種美術館

 ┃https://www.yamatane-museum.jp/exhibitions/2026/gyokudo.html

 

 

 

 

1位を目指して、ランキングに挑戦中。
下のボタンをポチッと押して頂けると嬉しいです!

Blogランキングへ  にほんブログ村 美術ブログへ