今年4月、熊本地震から10年を迎えました。
被害に遭われた地域の皆さま、心よりお見舞い申しあげます。
その熊本地震の際には、熊本の象徴ともいえる熊本城も甚大な被害を受けました。
そんな熊本城と熊本全域の復興を祈念して、
熊本とゆかりの深い永青文庫で現在開催されているのが、
“熊本城―守り継がれた名城400年の軌跡―”という展覧会です。
本展の主役はもちろん、熊本城。
赤星閑意《熊本城之図》 明治時代(19世紀) 永青文庫蔵(熊本大学附属図書館寄託)
築城の名人として知られる加藤清正が、
1607年に完成させた「最強の城」との呼び声高い天下の名城です。
熊本城は、清正の三男である肥後国熊本藩2代藩主・忠広に譲られるも、
1632年に諸々の素行の悪さを幕府から咎められ、改易の憂き目に遭うことに。
家臣たちも籠城することなく、あっさりと城は受け渡されました。
その熊本城の後継として噂されたのが、細川家です。
当時、細川忠興が息子に宛てたとされる書状には、
「熊本への国替えは中吉」というような記述があったそう。
それもそのはずで、参勤交代を考えると、距離に難があるためです。
と、細川忠興的には、まぁまぁ嬉しいくらいの熊本城でしたが、
結局のところ、忠興の息子・忠利が初代熊本藩主に任ぜられます。
矢野三郎兵衛吉重筆 沢庵宗彭賛《細川忠利像》 寛永18年(1641) 永青文庫蔵
そして、その後約240年にわたり、
細川家は廃藩置県まで熊本城を統治したのでした。
なお、細川忠利は熊本城を中吉とは思ってなかったようで。
寛永9(1632)年12月10日に、息子の光尚に宛てた書状には・・・・・
重要文化財「細川忠利自筆書状」 細川光尚宛 (寛永9年〈1632〉)12月10日
永青文庫蔵(熊本大学附属図書館寄託)
「思いのほか囲が広く、江戸城のほかにこれほど広い城を見たことがない」
と書いていたようです。
そんな立派な城を自分のものにできたことが、よほど嬉しかったらしく。
翌年の正月8には、旗本の小幡直之宛に、
「思いのほか大国で、見事な囲です。もう昔の越中(忠利)ではありません」
といった内容の書状をしたためています。
ただし、さすがに、昔の自分とは違う発言は恥ずかしくなったのでしょうか。
最終的にこの書状を実際に送ることはなかったそうです(笑)
現代で言えば、酔った状態でツイートして、
翌日に素面になって削除する感覚に近いのかもしれません。
ところで、永青文庫が所蔵する『細川家文書』58000点以上のうち、
中世文書266点が、2013年に重要文化財に指定されていましたが。
昨年、熊本大学附属図書館に寄託している9346点が追加指定されました。
そのうちの1つが、細川忠利が光尚へ宛てた書状です。
本展では他にも数点ほど追加指定を受けたばかりの『細川家文書』が展示されています。
また、重要文化財ではないですが、
熊本城に関する貴重な文書も数多く紹介されていました。
中でも特に印象に残っているのが、寛永18(1641)年の『奉書』です。
一般的には、平和な江戸時代になると、
天守は象徴的なものとなり、あまり活用されていなかったようですが、
熊本城では、武器の保管庫や、武具の製作や修理の作業場として使用されていたそう。
そんな天守の担当者に関して、『奉書』にはこんなことが記載されていました。
林隠岐は高齢になり、
これでは御用も満足に務められないので、
林に替えて和田清太夫を任命するべきである。
この時代はバリアフリーなんて概念はないわけで。
昇り降りできなくなった人材は容赦なく切り捨てられていたようです。。。
林隠岐なる人物には同情を禁じえません。
さて、本展では文書だけではなく、
かつて熊本城に飾られていた絵画や、
伝矢野三郎兵衛吉重《老松牡丹図屏風》 江戸時代(17世紀) 永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託)
加藤家が城に残していったと思われる品々も展示されています。
《菊桐紋散蒔絵螺鈿徳利》 伝加藤清正所用 桃山時代(16世紀) 永青文庫蔵
さらに見逃せないのが、忠利と光尚親子の甲冑です。
左)《銀札啄木糸射向紅威丸胴具足》 細川忠利所用 江戸時代(17世紀)
右)《栗色革包紫糸威二枚胴具足》 細川光尚所用 江戸時代(17世紀)
ともに永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託)
あの島原の乱に出陣した際に実際に着用されたものとされています。
実はどちらも、糸が切れていたり、金属部分が錆びていたり、
と、経年による状態の悪さゆえ、長きにわたって展示が出来ていなかったそう。
しかし、近年、クラウドファンディングの支援があり、数年かけて修理が行われました。
そして、今回満を持して、修理後初公開されています。
2領とも新品と見紛うほどの美しさを取り戻していました!
クラウドファンディングで支援されたすべての皆様に感謝です。
熊本城はもちろんのこと、こうしたすべての文化財を、
次世代へ守り継いでいくことの大切さを実感する展覧会でした。









