山梨県北杜市にある平山郁夫シルクロード美術館。
言わずと知れた日本美術界の重鎮、
平山郁夫の絵画を収蔵・展示する美術館です。
ハイライトは何と言っても、館内最大となる2階の展示室。
休むことなく砂漠をひたすら往くキャラバンを描いた大作、
「大シルクロード・シリーズ」で埋め尽くされた展示室です。
モネの睡蓮の部屋を目にし、感銘を受けた平山は、
この展示室を自身の大作で埋め尽くすことを構想したのだそう。
それから、亡くなる2009年の最後の院展まで描き続け、
最終的に全12点の「大シルクロード・シリーズ」が完成しました。
ちなみに。
一昨年に初めて、こちらの美術館を訪れた際には、
ちょうど開館20周年を記念する特別展が開催されており、
佐久市立近代美術館が所蔵する初期作が併せて展示されていましたが。
先日訪れた際には、その代わりに、
「大シルクロード・シリーズ」のうち、
古代ローマ遺跡を描いた2点が展示されていました。
先日の特別展示ももちろん良かったのですが、
やはり「大シルクロード・シリーズ」だけで構成された空間は圧巻。
展示室の中央で作品に周囲を囲まれた瞬間、
確かに、シルクロードの風が感じられましたし、
喜多郎さんの『シルクロード』のテーマが聴こえてきました。
さてさて、同館では平山郁夫の絵画だけでなく、
彼が収集したシルクロード関連の美術工芸品も紹介されています。
その数、なんと約10000点!
日本屈指のシルクロードコレクションです。
とりわけ充実しているが、シルクロードの仏像コレクション。
どの仏像も個性的で印象深かったのですが、
特に印象に残っているのが、5~6世紀ガンダーラの《仏陀立像》です。
何よりも目を惹くのは、その光背。
周囲を取り囲んでいるのは、“もしや銃弾?”と思ったら、
この突起は火焔、もしくは放光の表現と考えられているそうです。
一瞬、ランボーが頭によぎってしまいまいた。
さて現在、同館では平山郁夫の妻・美知子さんが、
今年2026年に、めでたく100歳を迎えるのを記念して、
“道はあとからついてくる”という展覧会が開催されています。
平山郁夫とその妻である美知子さんは、
実は東京美術学校(現・東藝術大学)の日本画科の同級生。
それも、その当時の実力は、美知子さんのほうが上だったようで。
平山郁夫は2番目の成績で卒業、美知子さんは首席で卒業しているそうです。
さらに、美知子さんの卒業作品は、東京美術学校の戦後初の買い上げ作品に!
卒業した翌年には、院展に初入選、奨励賞を受賞する快挙も成し遂げています。
それほどの才能に恵まれながら、平山郁夫と結婚をしたのを機に筆を折ったそうです。
・・・・・とは言え、日本画の筆は折ったものの、
結婚後は、版画作品を中心に制作していたようで。
なんとなく、可愛らしいイメージで、
蝶々をモチーフにしているのかと思いきや、
画面を覆い尽くしているのは、蛾の大群とのこと・・・・・。
速水御舟の《炎舞》にインスパイアされたのか、
はたまた、ただ単に蛾の大群を描きたかったのか。
いずれにせよ、思わずのけぞるほどの迫力がある大作でした。
ちなみに。
平山郁夫はその生涯で、100回以上も、
シルクロードを取材旅行したことで知られていますが、
そのほとんどは夫婦連れ立ってのものだったそうです。
それゆえ、夫の平山郁夫と同様に、
美知子さんもシルクロードの旅において、
実際に目にした光景を作品のモチーフにしています。
日本画家として嘱望されるも、結婚したことでその道を自ら断った美知子さん。
それが、1955年のことでした。
先日まで東京国立近代美術館で、1950年~60年代に活躍するも、
美術の歴史から姿を消してしまった14名の女性前衛芸術家を紹介する、
“アンチ・アクション”という展覧会が開催されて、大きな話題となっていましたが。
日本画の世界にも、消えた天才女性はいたようです。

ちなみに。
夫婦でのシルクロードの旅を通じて、
美知子さんは版画以外に、このようなものも制作しています。
古代ビーズのネックレスです。
これらは旅を通じて手元に集まってきたという、
古代のビーズを組み合わせて制作したものです。
もちろんすべて、お手製。
なお、展示されているのは、ごくごく一部だそうで。
これまでに制作したネックレスは、700連にも及ぶそうです。
美知子さん版の「大シルクロード・シリーズ」と言えましょう!
















