現在、三菱一号館美術館で開催されているのは、
アメリカのスミソニアン国立アジア美術館が所蔵する、
ロバート・O・ミュラー(1911~2003)のコレクションを中心に、
選りすぐりの浮世絵や新版画など約130点が里帰りした展覧会です。
本展は大きく分けて2部で構成されています。
まず第一部でフィーチャーされているのが、小林清親。
明治時代に活躍し、最後の浮世絵師の一人に数えられる人物です。
小林清親《東京新大橋雨中図》 明治9(1876)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
清親の代名詞といえば、光線画。
小林清親《大川岸一之橋遠景》 明治13(1880)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
光線画とは、清親がその祖とされる浮世絵の一ジャンルで、
光と影のコントラストを効果的に組み合わせているのが最大の特徴です。
西洋の絵画技法を用いた新感覚の作風は、
文明開化を迎えた当時の人々の目に斬新に映りました。
ミュラーコレクションにはそんな清親の代表作が数多く含まれています。
それらの中にはもちろん、《高輪牛町朧月景》も。
小林清親《高輪牛町朧月景》 明治12(1879)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
高輪ゲートウェイ駅近くにかつてあった堤の上を、
新橋―横浜間に開通した日本初の鉄道が走っています。
画面のこちらに向かって迫りくる鉄道の迫力に圧倒されがちですが。
鉄道が水面に映る姿やヘッドライトから放たれる光、
厚い雲の切れ間から見える青空、海面の水面のきらめきなど、
画面の隅から隅まで、見どころがいっぱいの1枚です。
明治時代になると、新聞や雑誌など新たな媒体が台頭し、
オールドメディアの浮世絵は、オワコン化していたのかと思いきや。
いえいえ、清親の光線画は現代の目で見ても新鮮に映りました。
海を越えてアメリカで受け入れられたのも納得です。
なお、本展では清親の浮世絵と併せて、
スミソニアン国立アジア美術館が所蔵する、
明治期の日本で撮影された写真も紹介されています。
写真の登場によって、浮世絵は大きな変革をもたらされました。
とはいえ、両者は決して対立していただけではなく、
例えば、当時のお土産用の写真は手彩色されていたのですが、
その色塗りを行っていたのは、木版画の職人たちだったようです。
意外と近しい間柄だったのですね。
また、浮世絵と写真を比べてみると・・・・・
構図やモチーフに影響関係が見て取れます。
大きさや判型の比率もよく似ていますし。
明治期の浮世絵の展覧会や、
明治期の写真の展覧会は、それぞれ幾度となく目にしていますが、
両者を見比べてみる機会は意外となかったような。
いろいろと発見のある展覧会でした。
さて、第2部でフィーチャーされているのは、
大正から昭和初期にかけて花開いた新版画です。
風景画の第一人者として活躍した吉田博をはじめ、
吉田博《穂高山》 大正10(1921)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
版元:渡邊木版美術画舗
美人画の名手としても知られる伊東深水や、
大田区を愛し大田区を多く描いた高橋松亭といった、
新版画を代表する作家の作品が取り揃えられています。
それらの中にはもちろん、新版画を代表する版画家で、
あのスティーヴ・ジョブズも大ファンだったという川瀬巴水も!
川瀬巴水《東京十二題 木場の夕暮》 大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
版元:渡邊木版美術画舗
・・・・・・・ところで。
今さらながら、ここまでの記事を読んで、
“何で三菱一号館美術館で光線画や新版画の展覧会?”、
と思われている方もいらっしゃることでしょう。
実は、新版画と三菱には深い関りがあるのです。
その証拠となるのが、『三菱深川別邸の図』。
川瀬巴水《三菱深川別邸の図 洋館より庭園を望む》 大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
版元:渡邊木版美術画舗
描かれているのは、今は無き旧岩崎家深川別邸(関東大震災で焼失)です。
目の前に広がる庭園は、のちに東京府へと寄付され、
現在は、都立清澄庭園として一般的に親しまれています。
さて、この別邸は当時、外国からの賓客を招く迎賓館にも使われていたそうで。
三菱は、海外顧客向けへのノベルティとして、
版元の渡邊庄三郎に版画をオーダーしました。
当初は、重鎮の鏑木清方にオファーしたものの、
「風景画なら…」と弟子の川瀬巴水を紹介されたのだそう。
そうして出来上がったのが、全8図からなる『三菱深川別邸の図』です。
これらの作品がきっかけとなり、海外に新版画が広まったのでした。
つまり、三菱がノベルティを作らなければ、
今の新版画ブームは無かったかもしれませんし、
川瀬巴水も世に出ていなかったかもしれません。
そういう意味で、三菱一号館美術館は、
もっとも新版画の展覧会を開催するにふさわしい美術館といえましょう。


ちなみに。
川瀬巴水の新版画はどれも素晴らしかったのですが、
個人的に惹かれたのは、チャールズ・W・バートレットによる新版画の数々です。
イギリス出身の画家で版画家の彼は、
渡邊庄三郎のもとで新版画を制作した2人目の外国人作家とのこと。
青の表現が美しく、静岡の海景を描いた《牛臥》は特に絶品でした。
どの作品もセンスが爆発していましたが、
とりわけ心を鷲掴みにされたのが、《神戸》。
実にエモい一枚です。
チャールズ・W・バートレット《神戸》 大正5(1916)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
版元:渡邊木版美術画舗
2021年に三菱一号館美術館で開催された“印象派・光の系譜”で、
彗星のごとく現れ、美術ファンの間で大ブレイクしたレッサー・ユリィ。
この《神戸》はそれに匹敵するくらいのインパクトがありました。
本展を機に、チャールズ・W・バートレットがブレイクする可能性は大いにあります。
┃会期:2026年2月19日(木)~5月24日(日)
┃会場:三菱一号館美術館
┃https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga/
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