川崎市岡本太郎美術館は、今年3月30日より、
約3年間にもおよぶ長期の改修工事期間に入ります。
「それは是非とも見納めねば!!」
ということで、川崎市岡本太郎美術館に行ってきました。
長期休館前最後の常設展として開催されているのは、
「遊び」をキーワードにした“岡本太郎 生きることは遊ぶこと”です。
「生きるということ自体、遊びではないか。
われわれはひたすらに、生きるために生きている。」
展覧会のタイトルは、岡本太郎のこの言葉に由来しています。
“遊び”に対して、一般的には娯楽をイメージするでしょうが、
彼は「遊び=自身の全存在を賭けて勝負するもの」と考えていたようです。
ということは、岡本太郎がその全存在を賭けて、
挑むように描いた美術作品は、遊びの産物ということ。
会場では初期の貴重な遊びの産物に始まり、
最も精力的に活動していた頃の遊びの産物や、
日本各地に設置された遊びの産物などを紹介。
生涯をかけて全身全霊で遊びに遊んだ、
岡本太郎の生き様を強く実感させられる展覧会です。
紹介されていた中には、このようなものも。
字のようでもあり、絵のようでもあり。
これらの不思議な作品は、その名も『遊ぶ字』。
岡本太郎は「字は絵だろ」と話していたそうで、
無心に字を書いていると、絵のようなものが出来上がったようです。
もちろんそういった創作活動だけでなく、ピアノやテニスといった、
本来の意味での“遊び”に関しても、岡本太郎は常に全力投球でした。
その中でも特に力を入れていたのが、スキー。
46歳にしてスキーにドハマりし、どんなに忙しくても、
毎シーズン必ずのように雪山に通っていたそうです。
しかも、どんな急斜面でも直滑降で滑っていたとか。
当然ながら、転んでしまうこともよくあり、
足を骨折する大ケガをしたこともあったそう。
そんな太郎のスキー好きは当時、有名だったようで、
『週刊平凡』の表紙をスキースタイルで飾ったこともあったようです。
なお、その隣に展示されていたのは、
『挑戦するスキー』という岡本太郎の著書。
帯にはこう記載されていました。
「46歳の初滑り以来スキーの魅力にとりつかれた岡本太郎のスキーに賭ける情熱と、
雪と格闘しながら上達してきた過程を独特の文化論を交えながら紹介するファン待望のスキーエッセイ」
画集や芸術論の本などではなく、
スキーエッセイをファンに待望された芸術家なんて、
後にも先にも、岡本太郎ただ一人ではないでしょうか(笑)
自身が参加した芸術運動「夜の会」や、
美術団体である二科会のメンバーと野球を楽しみました。
美術評論家の瀬木慎一の証言によれば、
岡本太郎は名キャッチャーだったとのことです。
ところで、岡本太郎の遊びの精神は、
伝統文化においても発揮されていたようで。
自宅の庭を舞台に野点で茶会を開いたことがあったようです。
その名も、実験茶会。
招かれた来客者の中には、
写真家の石元泰博や建築家の丹下健三、
さらには、あの北大路魯山人もいたようです。
そんな日本を代表する美食家を相手に、
岡本太郎は自ら懐石料理を振舞ったそう。
しかも、茶会だというのに、メインディッシュはタルタルステーキ。
当時の日本ではまだ生肉を食す文化が根付いておらず。
客人たちは恐る恐る口に運んでいたのだそうです。
なお、その茶会では太郎自作の茶碗でお茶が振舞われたようですよ。
いかに岡本太郎が魅力的な人間であったのか。
本展を通じて改めて、それをまざまざと実感させられました。


それだけに、これから約3年もの間、
この美術館とお別れなのかと思うと、悲しくなりました。
・・・・・・・と思ったら!
展示室での展覧会が休止とはなるものの、
川崎市岡本太郎美術館そのものが休止ということではなく。
ショップやカフェは引き続き営業を続けるそうです!
さらに、ロビーなどのスペースを使って、
立体作品を中心としたミニ企画展の開催も予定されています!
岡本太郎の平面作品こそ、しばらく見納めとなりますが、
美術館としては、逆にこの期間でしかできないことを次々に行っていくそう。
いかなる時も全力で遊ぶ。
さすがは岡本太郎イズムが流れる美術館です。













