数年ぶりに東中野の東京黎明アートルームに行ってきました。
久しぶりに訪れたら、地下にカフェが誕生していました。
さらには、LINEスタンプも誕生していました。
さらにさらに、地下に新たな展示室も誕生していました。
以前は程よいサイズ感の展示施設といった印象でしたが、
展示スペースが拡張したことにより、すっかり立派な美術館に!
東京黎明アートルームと謙遜せずに(←?)、
東京黎明アートギャラリーや東京黎明ミュージアムなど、
これを機に改名させることを個人的にはオススメしたいです。
さてさて、そんな現時点では東京黎明アートルームで、
現在開催されているのは、“柴田是真―対柳居から世界へ―”。
(注:館内の写真撮影は、特別に許可を頂いております。)
幕末から明治時代にかけて活躍し、
海外にもその名を轟かすスーパー蒔絵師、
「世界のZESHIN」こと柴田是真(1807~1891)をフィーチャーした美術展です。
もちろん、本展には是真の漆芸作品が多く出展されています。
それらの中には初公開作品も多数。
過去に三井記念美術館や根津美術館で、
柴田是真の展覧会が開催されてきましたが、
それらを観た方でも、存分に楽しめる内容となっていました。
ちなみに。
タイトルの“対柳居”とは、是真が浅草橋に構えたアトリエの名前です。
本展には、その対柳居伝来とみられる新出の写生や粉本類も多数出品されています。
漆芸家というイメージが強い是真ですが、
11歳で蒔絵を学び始めるも、下絵を描くためには、
画家としての腕も必要だと気付き、16歳で江戸円山派の絵師に学び始めます。
さらに、24歳の時には京都へ遊学し、四条派の絵師にも師事しました。
本展では初公開となる写生や粉本類だけでなく、
初公開となる是真による絵画も多数出展されています。
それらの中には、右隻に能の「羽衣」を、
左隻に狂言の「福の神」を描いた屏風絵もありました。
過去に、是真の掛軸は何度か観たことがありますが、
是真がこれほどまでに立派な屏風絵も描いていたとは!
彼の絵師としての実力を過小評価していました。
本展を通じて、大幅に評価を修正したいと思います。
大変失礼いたしました。
漆芸家としての腕前も超一流。
絵師としての腕前も超一流。
漆芸と絵画の二刀流、それが柴田是真です。


さて、そんな二刀流の是真だからこそ生み出せたものに、漆絵があります。
実は、是真は漆で絵を描く漆絵のパイオニア。
絵画の顔料と違って、漆は半永久的に残ります。
それならば、漆を使って絵を描けばいいのでは?!
と思い至った是真が始めたのが、漆絵でした。
ただ、絵画の顔料と比べて、圧倒的に色数が少ない漆。
その弱点を踏まえた上で、完成度の高い作品を制作するのは、さすが是真。
本展の出品作ではないですが、明治6年のウィーン万国博覧会には、
《富士田子浦蒔絵額面》という漆絵を出品し、海外の人を大いに驚かせたそうです。
その二刀流ぶりに熱狂した外国人は、「シバタサーン!」と叫んでいたとかいないとか。
ちなみに。
出展作品の中で特に印象に残っているのは、こちらの掛軸。
描かれている鐘馗様よりも、逃げる鬼よりも。
フェラーリくらい真っ赤な地のインパクトが強烈でした。
なお、よく見ると、真っ赤な地には金砂子が蒔かれています。
写真で見るよりも、実物はメタリックな印象でした。
掛軸といえば、こちらの1点も印象に残っています。
タイトルは、《雪中一笑図》とのことです。
描かれているのは竹と、応挙風の仔犬2匹。
微笑ましいといえば微笑ましいですが、
「一笑」というほどの面白さは無いような気がします。
もしかして、是真はかなりのゲラだったとか?
と思ったら、添えられたキャプションによると、
「笑」という字はもともと、「竹かんむり」に「犬」と書いていたそうで、
それゆえ、竹に犬の組み合わせを「一笑図」と呼ぶのだそうです。
普通に勉強になりました。
それからもう一つ印象的だったのは、こちらの粉本。
ヘンな形の大根が描かれていました。
時々、夕方のニュース番組で、
ヘンな形の大根が採れたというニュースが報じられます。
そのたびに、何でこんなニュースを定期的に取り上げるのか謎に思っていたのですが。
是真を含む日本人は、昔からヘンな形の大根に惹かれていたようです。

















