ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢 | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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この秋、東京都美術館で開催中の展覧会、

“ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢”に行ってきました。

 

(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)

 

 

関係者がこのブログを目にしないことを祈るのみですが、

正直なところ、“都美でゴッホ展って何度目だよ!”と思ってしまいました(笑)。

とは言っても、2016年に開催されたのは、

ゴッホとゴーガンの関係にフォーカスした展覧会で、

翌2017年は「ゴッホと日本」をコンセプトにした展覧会。

前回2021年のゴッホ展は、世界最大のゴッホコレクター、

ヘレーネ・クレラー=ミュラーにスポットを当てた展覧会です。

つまり、毎回ただのゴッホ展ではありませんでした。

おそらく今回も、ただのゴッホ展ではないはずです。

 

会場に入るといきなり目に飛び込んできたのは・・・・・

 

 

 

巨大な年表でした。

そこで主に紹介されていたのは、4人の人物。

フィンセント・ファン・ゴッホを筆頭に、

その弟であるテオドルス・ファン・ゴッホ(愛称テオ)、

テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル(愛称ヨー)、

そして、その2人の息子フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホです。

そう、今回のゴッホ展は、ゴッホの家族と、

彼らが受け継いできた「ファミリー・コレクション」に焦点を当てたもの。

ファン・ゴッホ美術館の所蔵品を中心に、30点を超えるゴッホ作品を紹介する展覧会です。

 

まず展覧会の前半では、フィンセントとテオ、

兄弟がコレクションした作品の数々が紹介されています。

当然ながら、それらの中にはゴッホの作品はありません。

ゴッホが影響を受けたモンティセリの作品や、

同じくゴッホが影響を受けた浮世絵などが展示されていました。

 

アドルフ・モンティセリ《花瓶の花》 1875年頃 

ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

 

 

 

なお、中にはこんな珍しい作品も。

 

ポール・ゴーガン《クレオパトラの壺》 1887-88年 

ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
 

 

こちらは、なんとゴーガンの手によるやきものです。

ゴーガンとゴッホに交流があったのは有名ですが、

実は、テオも画商としてゴーガンと交流がありました。

この壺はおそらくゴーガンからテオに贈られたものとのことで、

テオの死後、ヨーと息子のフィンセント・ウィレムの手元に残されたそうです。

 

さて、ゴッホ兄弟のコレクションをたっぷりと観た後に、

いよいよ、本展のハイライトというべきゴッホの作品群が一堂に会します。

一般的なゴッホ展は、冒頭からゴッホが観られますが、

今回のゴッホ展は、焦らして焦らして(?)からのゴッホの登場です。

我慢した分、ゴッホ作品と出会った瞬間の感動はひとしお!

しかも、他の画家の作品と見比べたことで、

改めて、ゴッホの作品はひときわ華があることを実感させられました。

何度もゴッホ展が開催されるのも納得も納得です。

 

なお、本展では、ゴッホの作品は基本的に、

オランダ時代、パリ時代…と、時系列に沿って紹介されています。

 

 

 

どの作品も華がありましたが、とりわけ目を惹き付けるのは、

やはり本展のメインビジュアルにもなっている《画家としての自画像》

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《画家としての自画像》 1887年12月-1888年2月

ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団) 

Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)

 

 

ゴッホはその生涯で、35点強の自画像を描いたとされています。

一般的にもっと知られている彼の自画像もありますが、

実は、ヨーがすべての自画像の中で最も似ていると称したのが、この自画像なのです。

と、ヨーからの評価は高い自画像ですが、

ゴッホは妹に送った手紙の中で、この自画像についてこう述べているとか。

「生気がなくこわばっていて、赤ヒゲが伸びたまま物悲しい」。

自己評価はあまりよくなかったようです。

 

なお、ゴッホ作品の中で個人的に強く惹かれたのは、

アルル時代に描かれた《耕された畑(「畝」)》という一枚。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《耕された畑(「畝」)》 1888年9月 

ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
 

 

描かれているのは、何の変哲もない畑です。

それも、草一つ生えていない畑が、描かれているだけ。

にもかかわらず、画面からは、日差しの温かさや、

土の匂い、虫や鳥の声などが伝わってくるようでした。

自然の壮大さ、人々の営みの尊さといったものが感じられます。

この1点だけで、『北の国から』をシリーズで視聴したような、読後感が得られました。

 

ちなみに。

本展のテーマが、家族だったからでしょうか、

これまでのゴッホ展よりも、家を描いたものが多かったような。

人物画や静物画のイメージが強いので、家をモチーフにした彼の絵は、なんとも新鮮でした。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《小屋》 1885年5月

ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《農家》 1890年5-6月

ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

 

 

さてさて、展覧会のラストでは、ヨーにスポットが当てられています。

彼女はもともと美術の素人でしたが、テオの死後、

当時の美術に関する知識を身につけ、やがて精通するまでに。

そして、ゴッホの評価を確立すべく、受け継いだ作品を戦略的に売却していきます。

こちらは、その貴重な会計簿です。

 

 『テオ・ファン・ゴッホとヨー・ファン・ゴッホ=ボンゲルの会計簿』 1889-1925年

 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
 

 

本展の出展作品の中には、この会計簿に売却記録が記載されているものも。

現在は愛知県のメナード美術館が所蔵する、《一日の終り(ミレーによる)》もそのうちの1点です。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ《一日の終り(ミレーによる)》 1889年11月 メナード美術館

 

 

会計簿によれば、ヨーは1912年11月に、

J・H・デ・ボワという画商に6000ギルダーで売却したそうです。

 

ちなみに。

ヨーの息子のフィンセント・ウィレムは、

彼女の死後、一家のコレクションが散逸しないように力を注ぎます。

フィンセント・ファン・ゴッホ財団を設立し、その膨大なコレクションを政府に永久貸与しました。

こうして開館したのが、国立フィンセント・ファン・ゴッホ美術館。

現在のファン・ゴッホ美術館なのです。

 

ファン・ゴッホ美術館 外観 2015年撮影

 

 

売れない画家だったゴッホが、世界的なゴッホとなったその陰には、

テオやヨー、フィンセント・ウィレムといった家族の尽力があったのですね。

ゴッホ一族の家族愛に包まれる展覧会でした。

星星星

 

 

余談ですが、ゴッホの一族に関して、

どうしても気になってしまったことがあります。

こちらは、会場に展示されていたゴッホ家の家系略図です。

 

 

 

そもそもテオ夫婦が息子に、兄と同じ「フィンセント」を付けていたのが気になっていましたが。

家系略図をよく観ると、フィンセントとテオの父の名前も「テオドルス」でした。

しかも、フィンセント・ウィレムの息子のうちの1人にも「テオ」の名前がありました。

さらに、2人の母の名前は「アンナ」で、姉妹にも「アンナ」がいます。

父・テオドルスの兄弟には「フィンセント」もいました。

名前のバリエーションが少なすぎだろ!

同じのを使い回すなよ!!

ゴッホ一族のネーミングセンスが気になって仕方ありませんでした。

 

 

 ┃会期:2025年9月12日(金)~12月21日(日)

 ┃会場:東京都美術館

 ┃https://gogh2025-26.jp

 

 

 

 

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