国立工芸館が金沢に移転して、今年で5周年。
それを記念して、今年2025年は1年を通して、
移転開館5周年を記念したスペシャルな展覧会が予定されています。
その中で、芸術の秋という一番の花形を飾るのが、
オーストリア生まれ、イギリスで活躍した20世紀を代表する陶芸家で、
女性陶芸家のパイオニアとしても知られるルーシー・リーの大規模な回顧展です。
彼女の個展が国内で開催されるのは、実に10年ぶりとのこと。
ファン待望の展覧会です。
実は、井内さんという方のルーシー・リーコレクションが、
ここ近年、まとまった形で国立工芸館に寄託されたのだそうで。
本展は、初公開となるその井内コレクションを中心に約120点紹介するものです。
展示風景
それらの中にはもちろん、彼女のファンがイメージする、
いわゆるルーシー・リーらしい作品も数多くありましたが。
ルーシー・リー《鉢》 1975年頃 岐阜県現代陶芸美術館蔵
左)ルーシー・リー《ピンク象嵌小鉢》 1975-79年頃 国立工芸館蔵
右)ルーシー・リー《ピンク線文鉢》 1975-80年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託)
本展の冒頭に展示されていたのは、このような作品。
ルーシー・リー《鉢》 1926年頃 個人蔵
これはこれで、素敵な作品だとは思いますが、
キャプションがなければ、ルーシー・リーの作品とは思えません。
ウィーンの裕福なユダヤ人家系に生まれたリーは、
彫刻家を目指して、ウィーン工芸美術学校に入学しました。
ところが、学校でロクロの魅力に惹かれたことで、陶芸家の道へと進路変更します。
当時ウィーンではウィーン工房のアーティストたちが活躍しており、
先ほどのリーの初期作には、その影響が色濃く表れているそうです。
さて、そのままウィーンで作陶を続けるのかと思いきや、第二次世界大戦が勃発します。
ユダヤ系だったリーは、ナチスの迫害を逃れるため、当時の夫ハンス・リーとロンドンへ。
そして、それ以降、1995年に亡くなるまでイギリスで制作を続けました。
さて、リーが亡命した当時、イギリス陶芸界の中心的人物だったのが、バーナード・リーチです。
展示風景
彼の存在は、リーの作風に大きな影響を与えました。
そのことがよーくわかるのが、こちらの作品↓
ルーシー・リー《蓋椀》 1940年代 個人蔵
確かに、リーチの作品っぽくもありますし、
リーチも関わりの深い民芸のやきものっぽくもあります。
なお、そののちにリーが作ったのは、このような作品です。
ルーシー・リー《黄釉鉢》 1958年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託)
形こそオリジナリティが発揮されていますが、
色合いはやはり、リーチっぽい印象を受けます。
そうした時代を経て・・・
ルーシー・リー《白釉鉢》 1950年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託)
小さく高い高台に、薄手の作り、
口が上に向かって開く、いわゆるリーらしい作品が誕生。
リーは一日にしてならず。
長い年月をかけて、あの唯一無二の作風を確立していったのですね。
ちなみに。
作風がスタイリッシュすぎて、そんなイメージは湧かないでしょうが、
何を隠そう、リーにはお金がなく、キャベツばかりを食べる日があったそう。
本人曰く、「キャベツの日」。
意外にも、売れない下積みの時代を長く経験しているのです。
あまりにも売れないため、一時は陶芸制作を中断するほどで、
彼女は生計を立てるために陶製のボタンを制作するようになります。
左)ルーシー・リー《ボタン》 1940-50年代 公益財団法人岡田文化財団パラミタミュージアム蔵
右)ルーシー・リー《ボタン》 1939-43年 国立工芸館蔵
生活のために制作し始めたボタンですが、
形も色彩もバリエーション豊富とあって、人気を集めることに。
そのボタン制作のアシスタントとして雇われたのが、
のちにリーと深い交友を結ぶドイツ生まれの陶芸家ハンス・コパーです。
人生、何が起こるかわからないものですね。
左)ハンス・コパー《キクラデス・フォーム》 1972年 国立工芸館蔵
中)ハンス・コパー《花生》 1968年 京都国立博物館蔵
右)ハンス・コパー《卵型花瓶》 1966年 国立工芸館蔵
なお、本展には、そんなリーとコパ―2人の共作も紹介されていました。
左)ルーシー・リー/ハンス・コパー《カップ》 1960年頃 国立工芸館
右)ルーシー・リー/ハンス・コパー《コーヒーセット》 1955年頃 滋賀県立陶芸の森 陶芸館蔵
ちなみに。
リーのボタンに魅了された人物の一人が、
日本を代表するファッションデザイナー、三宅一生でした。
彼は1989年秋冬コレクションで、リーのボタンを採用したファッションを発表しています。
さらに、その年に日本では初となるルーシー・リーの回顧展の監修を務めました。
今の日本でのルーシー・リーの人気の立役者の1人が、三宅一生なのです。
とこのように、リー本人の作品を紹介するだけでなく、
彼女の交友関係を深掘りしているのが、本展の大きな特徴です。
バーナード・リーチやハンス・コパーの作品以外にも、
イギリスを訪れてきた際に、家に招いたこともあるという、
民藝を代表する作家の一人、濱田庄司の作品などもありました。
濱田庄司《絵刷毛目壺》 1932年 国立工芸館蔵
さてさて、自身のスタイルを確立したリーは、
その後、よりオリジナリティ溢れた作品を次々に発表していきました。
ルーシー・リー《青釉鉢》 1978年 国立工芸館蔵
ルーシー・リー《茶釉線文鉢》 1960-70年代頃 アサヒグループ大山崎山荘美術館蔵
どの作品もシンプルながらも、
観れば観るほど、惹きつけられるものがあります。
それらの中でも特に惹きつけられたのは、《ブロンズ釉花器》。
本展のメインビジュアルに採用されている作品です。
ルーシー・リー《ブロンズ釉花器》 1980年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託)
上部のピンク色の装飾の部分は、ひとまず置いておくとしまして。
その下のブロンズ釉で覆われた部分は、
どことなく仏像が手に持つ水瓶を想起させるものがありました。
それゆえ、ただの花器(?)ながらも、
思わず拝みたくなるような、尊みを感じます。
この一点を観られただけでも、金沢に足を運ぶ価値は大いにありました!


ちなみに。
会場の随所には、リーの作品以外に、
リー自身を写したポートレートも展示されています。
展示風景
それらの中でもっともインパクトがあったのが、この一枚↓
ちょっと前にネットで流行った「柴田理恵の消失」を彷彿とさせるものがあります。
このままルーシー・リーも、光の粒子に消えていくのかも。


















