1973年の創業以来、50年にわたって、
埋もれていた芸術家を発掘、紹介し続けてきた知る人ぞ知る京都の画廊。
それが、星野画廊です。
例えば、2017年に東京ステーションギャラリーで、
大規模な個展が開催されたのを機にブレイクした不染鉄。
また例えば、2018年に千葉市美術館で、
大々的な回顧展が開催された京都の美人画家・岡本神草。
他にも、甲斐荘楠音や藤田龍児、秦テルヲ、小川千甕・・・
と、全員を挙げていたらキリがないほど多くの芸術家を発掘してきました。
そんな星野画廊がこれまでに見出してきた作品の中から、
『少女』を切り口に選りすぐりの名品の数々を紹介する展覧会が、
現在、三鷹市美術ギャラリーで開催されています。
その名も、“発掘された珠玉の名品 少女たち”です。
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
出展数は、約120点。
同館のキャパを超える数のため、
一部の掛軸はなんと剥き出しで展示されています。
さて、出展作家の中には、ベルギーで印象派を学んだ太田喜二郎や、
パリ留学時代に偶然ヴラマンクと出会い、生涯交流を続けた里見勝蔵など、
比較的に名の知れた芸術家の作品もあるにはありましたが。
出展作家の8割近くが、初めて知る名前でした。
自分で言うのもなんですが、展覧会を数多く観ているため、
芸術家の名前はわりと知っている方だと自負していますが、それでも全く歯が立たず。
完敗でした(←?)。
星野画廊を見習って、これからも精進したいと思います。
と、それはさておき。
星野画廊の長年の活動のおかげで、今では美術館においても、
個展が開催されるレベルになった岡本神草や甲斐荘楠音の作品は、
やはりパッと目を惹きつけるものがあり、王者の風格すら漂わせていました。
ただ、岡本神草や甲斐荘楠音以外にも、
本展にはインパクトのある芸術家がゴロゴロいます。
星野画廊の引き出しの多さに、驚きを隠しきれません。
せっかくなので、その全員を紹介したいくらいですが、
文面が長くなってしまいそうなので、泣く泣く3名に絞りました。
この3名がネクストブレイク候補です。
まずは、島崎鶏二から。
1980年代のパルコや西武のポスターっぽいなァと思ったら。
戦前の1934年に制作された作品でした。
当時、新感覚派の画家として注目されながらも、
37歳という若さで戦地での飛行機事故で亡くなったそう。
ちなみに、島崎鶏二の父親は、あの小説家の島崎藤村なのだとか。
続いては、松山市出身の安藤義茂。
「刀画(とうが)」という独自の技法を生み出した孤高の画家です。
彼が描いたこちらの絵、一見すると、ルオー風の油彩画のように思えますが。
実は、水彩画!
安藤は戦時中、絵具の供給不足により、油彩画が描けなくなった際に、
なんとか水彩で油彩のような質感の絵を描けないものかと考えたようです。
そこで辿り着いたのが、分厚い紙に描いた水彩画の表面を、
鋭利なナイフで削り取ったり、ひっかき傷を作ったりするという独自の技法でした。
それが、刀画です。
離れて観る分には、絵肌は完全に油彩のそれでした。
最後に紹介したいのは、佐治大輔。
本展では楊貴妃を描いた作品が紹介されていました。
何よりも驚かされるのは、その細密さ。
宝冠や衣装、敷物から、家具や背景の山水画、生けられた花まで。
すべてが精緻に描かれています。
近づいて観てみると、その緻密さにさらに驚かされること必至です。
これほどの絵画を、佐治大輔なる人物は、
10代から20代の間に描いてしまったのだそう。
若くしてその才能を遺憾なく発揮しています。
ところが、1926年に京都市立絵画専門学校を卒業した後の経歴は不明なのだとか。
まさに、消えた天才。
もし、その後も美術界で活動を続けていたら、
間違いなく、美術史に名を残していたことでしょう。
なお、本展では、ほぼ無名の佐治大輔以上に無名の、というか、
そもそも名前が特定されていない「作者不詳」の作品も展示されていました。
その数、10点ほど。
作者不詳でも、良いものは良い。
星野画廊の信念やプライドのようなものが感じられました。


最後にもう一人。
どうにも名前が気になった画家をご紹介いたしましょう。
大阪生まれ、京都で活動した画家。
その名も、紅葉谷紫陽(もみじだにしよう)です。
なんだか2.5次元ミュージカルの登場人物みたいな名前ですね。












