ひとにやさしく、ということ | 雷人の部屋〜催眠術師/メンタリストが見る潜在意識の世界

雷人の部屋〜催眠術師/メンタリストが見る潜在意識の世界

ココロとカラダ、ときどきタマシイの話。

政治家の記者会見とか見ていると、なんだか別世界の住人で、我々とは違うルールやモラルに従って生きているのかな? と感じることがあります。

でもそんなことはなくて、あれは今の僕らの世界をカリカチュアされたものなのでしょう。

間違いを許されない社会。
正解しか認められない状況。

だから自分の間違いを決して認めようとはせず、珍妙な理屈をつけて「自分は正しかった(少なくとも間違ってはいない」と言い張ってしまう。

「ごめん、間違えちゃった。次は頑張るから」

が許されない。
そして皮肉なことに、正解を求めようとすればするほど、正解からは遠のいていく。

なぜなら、正解というのはないから。
そのときどきで適切な答はあるとしても、永遠不変な正しい答というのは存在しない。
つまり教科書にも書いてないし、人に聞いてもわからない。
だからその都度チャレンジして答を求めるしかない。

でもチャレンジには失敗がつきもの。
その失敗が許されないから、チャレンジしたくないししたとしても中途半端なものに終わってしまう。
かくして失敗を叩かれ、挙句正解を求めてしまい、また中途半端な答を出す、という負のループ。

もしくは何もせず、だんまりを決め込んでしまう。
あるいは自分は何もせず、他人の揚げ足ばかりを取るようになってしまう。

その象徴があの会見であり、自粛警察であり、マスク騒動なのである。

今必要なのは、寛容の精神。

もちろん言いたいこともあるだろうし、批判すべきことはすべきかもしれない。
でもそれで相手が反省したり、「今度は頑張ろう」と思えますか?
それなら遠慮なくすればいい。
そうでないなら、ちょっとやり方を考えてみても良いのでは?

あなたは優しく許してくれる人と、何かにつけて非難・批判してくる人と、どっちが好きですか?