「籠神社」籠の中に隠されているもの | misaのブログ

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甲府地方気象台は、26日、最も遅いという富士山の初冠雪を発表しました。

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遅いって言っても、甲府地方気象台から観測されなかっただけで、9月25日には富士山に既に雪は積もってました。

富士山に雪積もる

さて、それではさっそく昨日〆切の「お守りプレゼント」当選者さまの発表と参りましょう。

まずは、籠神社の「男の子・女の子守り」が当選された方は。。

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① 8.のぁさま
② 23.きのこのこのこさま


そして、「晴明神社・交通安全守り」の当選者さまは。。

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③ 16.りょうこさま
④ 22.こうめさま


さらに、「厳島神社・交通安全守り」が当たった方は。。

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⑤ 8.kagaさま
⑥ 10.sosaさま
⑦ 12.えくぼさま


ご当選の方々、おめでとうございます!

本日中に、アメブロメッセージにて、ご連絡させて頂きますので、お楽しみにね。

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さて、昨日の「籠神社」についての続きです。

「元伊勢」と云われる「伊雑宮」「籠神社」には歴史を紐解くヒントが隠されています。

伊雑宮が本当の伊勢神宮だった!

「古事記」や「日本書紀」の編纂に携わった藤原不比等は、陰で政治を動かしてきました。

不比等は類い稀なる才能を発揮しながら大和朝廷を支配し、記紀神話を創作するのです。

様々な伝承を取り入れながら、天照大神という女性が君臨する神話を築き上げていきました。

邪馬台国(大和国)に卑弥呼という女王が存在していたことを利用し、そこに奈良時代の女帝を加味する形で天照大神女性神に仕立て上げていったのです。

実は、藤原不比等は記紀編纂に当たり、「石上神宮」や「大神神社」「籠神社」などといった極めて重要な神社に伝わる古文書や系譜をことごとく没収しているそうです。

そして、神道の最高神を天照大神という女神にする為、記紀編纂に都合の悪い「物部氏の伝承」「海部氏の極秘伝」を歴史的に抹殺するのです。

物部氏が伝える本当の天照大神は男神「ニギハヤヒ命」だったからです。

その為、記紀が完成した8世紀初頭には、祭神がスサノオや彼の息子ニギハヤヒである神社は、ことごとく別の神の名に置き換えられていきました。

「蛭子」や「八大龍王」もスサノオのことです。
 
スサノオ・オオトシ(ニギハヤヒ)父子は、紀元前2世紀中頃から同1世紀後半頃に大きな偉業をあげて、出雲国から和国を創建・拡大していきました。

若い頃から農業に熱心だったオオトシは、出雲の住人らとともに米作りにも精を出した証が地名や神社伝承に残っています。

さらに、「日本書紀」には神武東征に先立ち、ニギハヤヒが「天の磐船」に乗って大和に飛来していると伝えられています。

大阪府交野市にある「磐船神社」には、ニギハヤヒが「天の磐船」に乗って河内国河上の哮ヶ峯(たけるがみね)に降臨されたとの伝承が残っています。

「天の磐船は古代の人々にとってまさに天から神様の降臨される乗り物であり、その磐船のある場所は神様の降臨される聖域でありました。

そしてこの地に出現された饒速日命はまさに天から降臨された神様であり、長髓彦などの豪族たちをはじめ、大和の人々から天神(あまつかみ)として崇敬を集めたのであり、命のお伝えになられた文化が大和河内地方を発展させたものと思われます。

そして当社は、天神として初めて大和河内地方に降臨された饒速日命の天降りの地として信仰されてきました。」

と神社に言い伝えされています。

ニギハヤヒの存在は初期の天皇家にとっても無視できないものでありました。

しかし、藤原不比等らにより「天照大神からの直系の天皇・神武天皇」を作り上げる為に、ニギハヤヒの存在は邪魔だったのです。

その為、スサノオが創建した和国やニギハヤヒの大和建国の史実を抹殺したばかりか、神社の神名や縁起まで改竄され、記紀編纂の過程で、スサノオ・ニギハヤヒ親子は歴史から完全に抹殺されていくのです。

天照大神を祀る「伊勢神宮」や大国主を祀る「出雲大社」は、記紀の記述にあわせて都合よく創建されたものだったのです。

けれども、嵯峨天皇は、810年正月に「スサノオはすなわち皇国の本主なり。故に日本の総社と崇めたまいしなり」と称し、津島神社に「日本総社」の号を奉っています。
 
すでに記紀は完成し、スサノオは悪者にされているにもかかわらず嵯峨天皇は、わざわざ新年にスサノオを「皇国の本主」と讃え、津島神社を「日本の総社」と崇めているのです。

「皇国の本主」は天照大神、「日本の総社」は伊勢神宮とされている時代に。

という事は、その頃はそれだけスサノオへの畏敬の念が強く、記紀が書かれたとしても、一般の人には真実が分かっていたという事です。

記紀の目的は、天皇を神の直系の生き神様であると事実化し、大和朝廷を盤石にすることにありました。

しかし、全国の神社の祭神をスサノオやニギハヤヒから別の神の名に変えさせ、都合の悪い古い史書を焼き葬り去っても、人々の間では、古代出雲王国の創始者として、スサノオ・ニギハヤヒは長く崇められてきたのです。

けれど、飛鳥昭雄氏は藤原不比等と八咫烏の目的はそれだけではなく、イスラエルの三種の神器が日本にあることを世界の目から隠すためとも述べています。

籠神社は字のごとく「かごめの唄」がよく引用されます。

「鶴=伊雑宮」と「亀=籠神社」

伊雑宮には、鶴が稲穂をくわえていたという白真鶴の伝説があるのです。

鶴が伊雑宮の日神なら、亀は籠神社の海神です。

鶴と亀が統べる。。陰と陽の統合。

「後ろの正面だあ〜れ」では、籠神社の奥宮「真名井神社」の奥には「スサノオを祀っている磐座」があり、それが後ろの正面の位置であるとも云われているそうです。

私には、不比等の工作が次第に明るみになり、これまで隠されていたスサノオ・ニギハヤヒの存在が、いよいよ表に知れ渡るようになるんではないか、という氣がいたします。

私の今回の旅は、はからずも、日本を古来から御守り下さっていた偉大なる神々を知る旅になっていたようです。

皆んなが揃って手を合わせる大きな神社が、必ずしも本当の神社ではない事。

その裏に、ひっそりと隠された重要な場所があるのです。

決して観光地化してはいけないその場所を大切に想い、神々を真剣に敬う氣持ちが、今の時代にとても必要だと感じています。