おはようございます🎵ぜっきーです。
東京に戻ってから
毎日がとっても濃くて
あっという間に過ぎていく感じです。
まだ戻って来て1ヶ月も経ってないんだよなー。
不思議な感覚です。
そうそう、
こちらでのご報告が遅くなりましたが
兄は、手術が決まりました!
しかし、本当にエゴってすごい。
この記事にもあるように
今回も
兄と私で
捉えている「現実」は180度違いました。
とにかく、扉が開いたことに喜ぶ私と
現状の自分の体の状態を聞いて落ち込む兄と。
前はいちいち反応して
エゴ暴走させて怒り狂っていたし
(隣の小林さんちの塀を蹴っていたり・笑)
それに関して
不安を訴える両親のフォローもしていたのですが
今回、きれいさっぱり手放しました。
誰のフォローもしないし
誰の荷物も背負わない。
例えるならば
可能性の扉が1センチしかない、
それは開いていないのと同然だ、と思うか
ぴったり閉じて二度と開かないと思っていた扉が
1センチ開いた!!と思うか
それは、人それぞれ違うし
自分と違っていたとしても
そこに対して
いちいち説得しなくていいと
私は既に、知っているからです。
ちなみに私は
よし、1センチ開いたなら
こっから何としてでも
指を挟み込んででも
靴先をねじ込んでても
扉、全開にしてやる!という、
悪徳訪問販売みたいなタイプです(爆)
だから現実のほうが根負けするんだよー(笑)
どこを見るか
どの視点から粒集めをするか。
私は簡単なところから粒集めします。
だから余計な情報は入れない。
というか、こういう時
先生のお話を聞いていても
思考が働くような情報が
全然、入ってこなかったので
もしかしたら私の方が
現実を勘違いしているのかもしれない。
でもね!
これでいいんです。
だって、目の前の現実がどうであれ
今、ここから創り直すことは
可能なのだから。
そして、兄は
入院したことですっかり変わりました。
前は本当に悲劇のヒロインモード全開で
ちょっとしたことで
病気が広がっただの
俺はもうダメだ、だの
騒いでいて(私は全無視)
家にこもって
ほとほど外に出なくなってましたので
うつ状態だったのかもしれません。
この入院生活で
すっかり前向きになって
家に戻って来ました。
入院中
やりたいことリストや
食べたいものリストを作っていて
それをひとつひとつ、楽しみながらやっているようです。
あと、母のご飯がとにかく美味しい!と
ありがたいなぁ、と言いながら食べていて
母も父もとても喜んでいます。
加療のおかげで
ずっと続いていた疼痛もほぼ、なくなり
また、手術に向けて
薬も一旦お休みする時期なので
身体の状態がとってもいいのです。
退院時に検査した時も
今までにないくらい
体内の状態はいい、と太鼓判押されてましたので
手術までは、風邪やインフルに気をつけて
どんどん楽しいこと、やりたかったこと
やってほしいと思っています。
「現実」というものを見たら
そこには確かに病気は「ある」んです。
変わらなく「ある」し
その病気は完治は難しい「かも」知れない。
いつまで生きられるか「わからない」。
手術を受けたところでどうなるかも「わからない」。
この先どうなるか考え出したら
不安と恐怖とかないのは当たり前のことです。
でも「今ここ」に意識を向けたら
とても元気で
美味しくご飯を食べて
趣味の釣りに行ったり
丁寧に仕事をしたり
楽しそうに笑っている「兄」がいる。
それだけを見て
ひとつずつ、できることをやっていけばいい。
そういうふうに思っています。
だって、この先突然
画期的な治療法が見つかる「かも知れない」。
よく効く薬が承認される「かも知れない」。
「かも知れない」は
どんどん創造に使うのだ。
そして兄が変わったように見えるのもまた
私が、兄のフォローを
過剰にやることを手放したことが
とても大きい。
創り直し、簡単でしょ?
いつでも創り直せる。
そういう世界に
私たちは生きている。
いつでも、だよ🎵




