初 成田山 その② | ぴねこんのぷくぷくしてらんない日々

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2017年3月半ばにツレが脳出血で倒れ、ドタバタが始まり
2020年父が亡くなった春に自身の糖尿病が確定、治療中
2023年1月半ば、ツレ父が急に旅立った日にツレの大腸がん発覚
2025年は母の乳がんの手術から始まり、私は下肢静脈瘤の手術とドタバタ!

成田山新勝寺は名前だけはよく耳にしていたけれど、どんなお寺かの情報はさっぱり。

歌舞伎俳優の團十郎さんとのつながりが深いお寺としか知識なし。

屋号も成田屋だしねぇ。。。

 

行きたいって話が出て、調べてみたらうなぎ情報がたんまり(笑)。

ついついどこのお店がいいのかしら?って方向になって、お寺のことはすっ飛んでく~。

 

 

参道の先を直角に曲がると立派な総門がでーん!

道の向かい側は広場のようになっていて、奥に会館みたいな建物がありました。

結婚式場だったりするのかなぁ。。。

境内で新郎新婦なのかなって和装の2人をみかけたりしたし。

11月だっていうのもあって、七五三のお参りに来てる人たちがそこここに。

祈祷してもらってる人は、だいたい七五三かなって感じでした。

 

 

 
総門をくぐった向こうには仁王門。
大きな赤い提灯がかけられてる。
 
 
 
提灯に何て書かれているのかが気になって気になって、じっと見ているうちに
この漢字は魚か?ってことに思い至り、提灯の下の輪っか部分を見て「魚市場」ってことは
魚がしってことかぁとやっと合点がいって、すっきり。
読めてしまえば、ちょうちんの裏側にはなにやら水産だとか、魚関係の会社の名前がズラリ。
 
何で?って思って調べてみたら、築地の魚河岸にはいっぱい「講」があって
最大の講が成田山魚河岸講だったんだそう。
で、魚河岸が大灯を奉納するのは伝統なんだって。
 
 
 
境内の木々きれいな色に変わってました。
不動明王が祀られているせいか、剣を模した石や剣の模様が刻まれた石が奉納されてました。
 
 
 
狛犬の台座の6番組 め組 の組 って何だろう。。。火消しの組?
 
 
 
極彩色に彩られた三重塔、遠目にもめちゃめちゃカラフル。

右隣は経堂で、更にその隣に鐘楼。

 
 
 
近づいて塔を下から見上げると、びっくりするようなカラフルさがよくわかる。
 
 
本堂の後ろには、立体曼荼羅か?仏様が配置されていて
下の基壇の壁には石に彫られた寄進者の名前がズラズラ
やっぱり魚河岸の◯◯水産というような水産業関係者が多い。
他にも色々会社関係かなぁっていうパネルや個人名のパネルがあるのだけれど
ことごとく都内、千葉じゃない。
 
 
公園の方には全く寄らず、大塔を目指す。
 
光明堂は戸が閉められてるから、今日は開けてないのかと思ったら
風が強いから戸を閉めてるだけで、靴を脱いで内陣を見ることができた。
ついでに御朱印、私の干支の未年の大日如来、ももらってきたけど。
 
 
光明堂の手前には、額堂があり古い絵馬などが飾られてました。
かつては向こう側に板壁があったらしいのだけれど、吹き抜けになってた。
7代目團十郎さんの石像なんかもここにあった。
わざわざ案内板が建てられてたわ。
 
 
大塔と手前の醫王殿はまだまだ新しくて、醫王殿は木の香りがしてくるぐらいだった。
大塔は鉄筋コンクリートで1階部分は團十郎さん関係の資料や
成田山参りの資料が置かれていて、ちょっとした資料館みたいな感じになってました。
そのまま靴を脱いで上へ上がると、内陣が側で見られるようになってました。
外階段上がると、正面の扉からチラリと中を覗ける。
 
 

帰り道は、最初に素通りしちゃった出世稲荷へ、御朱印欲しさに寄り道。

御朱印帳渡すと、神社じゃないんだよ~って言われた。
ああ、豊川稲荷みたいなもんかって思った。
あそこ、稲荷っていうのに寺なんだよね。
 
 
絵馬が朱色でとってもきれいだった。
書き方として、名刺を貼り付けるっていうのやり方としてあるせいか
名刺が貼られてる物が多かった。
出生稲荷っていうだけあって、子供じゃなくて社会人が書いてくのが多いのかな。
 
 
 
御朱印は全部で六ケ所
本堂の不動明王、光明堂の大日如来、如来堂の釈迦如来 
平和大塔の不動明王種子(梵語)、醫王殿の薬師如来、出世稲荷の荼枳尼天
 

 
ここで御朱印帳の余白がなくなり、成田山の御朱印帳をお買い上げしちゃった(笑)。
平和大塔で伝授いただける御朱印は梵語で、不動明王種子 
不動明王の真言の末尾の音「カンマン」って読むんだって。
 
あらやだ、一枚空いてたよ。。。
12月から荼枳尼天の鳥居の印が無くなってしまうらしいです。
無くなってしまう前で良かった(のか?)。