【鬼滅の刃】20巻 嫉妬の行く末 | マンガ心理学って何だろう

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サブカルチャーを中心に心理学と結びつけた話を書きます。
「マンガ心理学」の確立に向けて頑張りたい。

お疲れ様です。

東京は夏日ですが風が心地よく穏やかです。(私だけでしょうか)

 

東京都医師会会長が会見で、「愚直なまでのステイホームを」と呼びかけられました。東京を含む重点箇所では、まだまだ警戒が必要とのこと。


罹患された方々の早期回復、医療従事者・対応をされている方々が十分なサポートを受けられることを祈っています。

この状況、皆で乗り越えていきましょう!
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この数日、多くの方にご来訪いただき、感謝申し上げます。

フィーバーはそんなに続かないと思いますが、末永くお付き合い頂けると幸甚です。

「『鬼滅の刃』流 強い自分のつくり方」にもご興味持って頂けると嬉しいです。

 

本日は、『鬼滅の刃』20巻の発売日ですね!

 

早めに書店に行かれた方は特装版を購入できた模様。

私は通常版です(笑)

 

縁壱さんが表紙。格好いい。静かな表情での躍動感が。

帯にありますが、この発売で電子書籍込みで6000万部!!!

凄いです。並ではありませんね。

 

息子の後輩(後輩は中学生)は、鬼滅の刃が好きなのに、

「みんなに流行っているものを、好きと公言できない」

思春期真っ盛りな発言をしているとのこと。

可愛いです。理解はできます(笑)

「みんな一緒で、自分は違う(と装う)」が思春期の傾向とも言えるでしょう。自尊心が高まるときですからね。

陰で好きでもいいよ。密かに楽しもう。

 

さて、『鬼滅の刃』20巻は、上弦の壱・黒死牟こと厳勝と、悲鳴嶼行冥、不死川実弥、時透無一郎、不死川玄弥の戦いが中心です。

 

壮絶な戦い。黒死牟の月の呼吸はチート過ぎます。

さすが、縁壱さんの双子の兄と言うべきか。

 

武家の長男である黒死牟(厳勝)が、天賦の才を持つ弟の縁壱に嫉妬し、行きすぎた嫉妬の果てが鬼となることだった。

こじらせ系ですね。まんまと無惨に操られました。

 

黒死牟を見ていると「カインコンプレックス」を彷彿とさせます。

 

精神科医で心理学者のユングの考えでは、兄弟(姉妹・兄妹・姉弟)間の確執や嫉妬、競争心や葛藤の状態を、旧約聖書の話を基にして

「カインコンプレックス」としました。

 

カインとアベルの兄弟のお話からなので、男性同士の兄弟をメインとしていますが、「きょうだい」であればどちらでもという考えもあります。

 

ユングの考えでは、「親の愛情や対応が、きょうだい間で差別的であった場合、その原体験がきょうだい以外の関係にも影響し、親の愛を巡ったきょうだいと同世代の人にも憎悪を向ける」というニュアンスを示しています。

 

親の愛情に差別を感じた側が、親から贔屓されている側を妬む、嫉む、憤る感情を持つということ。

 

なんとなくわかりますよね。

「長男なんだから、しっかりしなさい!」と叱られるのに、同じことをしても下の子は許されていることがある。

「お兄ちゃん(お姉ちゃん)を見習いなさい!」とすぐ引き合いに出される。

 

親はもしかしたら、意識していないかもしれないのですが、受ける側には「そう感じて」しまうというもの。

 

ここが怖いところですね。

親の心子知らず。でも、当の本人からすれば、決定的に感じているんですよね。

本当に、端から見ればきょうだいに対して差別的に扱っている親御さんもいますけれど、だいたいの方が、自分では「そうしているつもりはない」と仰います。

親子間の問題は、親子にしかわからないことがありますが、子どもの心の声を大事にしていきたいですね。

 

そういうものが積み重なると、贔屓されていると思われるきょうだいに対して、良い感情を抱かなくなる。

押し並べて、そのきょうだいと似たような人、似たような世代の人に良い印象を持たず、最初から闘争心をむき出したり、話を聞かなかったりすることもある。

 

カインコンプレックスはなかなかやっかいです。

 

因みに、「コンプレックス」とは劣等感のことだけではありません。

「劣等コンプレックス」といえば、劣等感のことを示しますが。

ユングの言った「コンプレックス」とは、複合体(シネマコンプレックスとか言いますよね)のことを指しており、

「感情に色づけされたわだかまり」という感じに近いです。

 

(なんで日本でコンプレックスが劣等感と同義になったのかは、アドラーとか色々な影響があります。)

 

だから、カインコンプレックスは、親の愛情が偏って愛されたと思われるきょうだいに対して、嫉妬や葛藤という感情がないまぜになって、その相手を前にすると、なんだかイライラしたり恨みの気持ちが出てきたり、妬ましく思ったりという感情が湧いてきて競争心むき出しになるというものになります。

 

話を『鬼滅の刃』20巻に戻します。

黒死牟は双子の兄。戦国時代の生まれなので双子は忌み嫌われ、だいたい下の子が殺されたり、どこかよそに送られたりということがあったようです。

 

長男は引立てられる。家長制度の中では当然だった訳です。

だから、着る物も食べる物も、部屋さえも黒死牟(厳勝)の方が優遇されていました。

 

あげく、追いやられている縁壱に対して、黒死牟(厳勝)は「可哀想」という上から目線的な哀れみを抱いていました。

 

それなのに、縁壱は兄を慕い敬っていたのです。

しかし、縁壱は生まれながらに「痣」を持つ者。

子どもの頃から「透き通る世界」が見えており、身体能力も高い。

そして、人格者。

 

あれ???

カインコンプレックスって、虐げられたと思う方が持つものでは?

と思いませんか。

だったら、縁壱が兄を恨んで嫉妬するのが妥当なんじゃないの?

と感じられます。

 

そう、この兄弟、カインコンプレックスが逆に出ている。

贔屓された兄がかわいそうだと思った弟に嫉妬しているのです。

 

その基は何だろうかと考えると・・・

「持つ者が持たざる者に負けている」という敗北感からではないかと考えられます。

それは、本当の意味で自分に自信がない場合に起こってくることがあります。

どこかで、お飾りで持ち上げられていて、その上に乗っていることがわかっている。

「長男だから当然」という、当時の状況もあるのですが、自分の力で成し遂げていないことを認めたくはないけれど、わかっている。

それこそ、劣等コンプレックスです。

 

黒死牟は死に際に、

「私はただ 縁壱 お前になりたかったのだ」

鬼滅の刃176話侍より

と心の中でつぶやきます。

 

縁壱がまぶしかった。家督が弟に譲られてしまうのではないかという焦燥感もありながら、強くて、人から求められる人である弟が、自分には無いものを持っている弟が羨ましかった。

 

「人妬まぬ者は運がいいだけだ」

鬼滅の刃177話弟より

 

黒死牟は、縁壱を認めると、自分が羨ましいと思っていることを認めると自分が崩れてしまうので、防衛機制が働き、都合の良いように考えるようになったと思われます。

 

縁壱は年月を経て鬼になった兄を見ても、「兄」だと思っていた。

黒死牟は、弟を越えるために鬼になり、弟より勝っていると思って、弟と思わないようにした・・・

あげく、その弟が未来に託した状態になっている子どもたちにトドメを刺されることになった。

 

(「道を極めた者が行く着くところは同じ」と縁壱は言っていたので、行冥や無一郎など痣を出現させて強くなった者が複数もいる状態は、縁壱が信じた通りになっていた)

 

嫉妬の行く末は、得るものがなく、

空虚で幸せを感じることはできない。

黒死牟の姿は、それを教えてくれたと感じました。

そう、幸せ感は得られないんですよね・・・

どんなに嫉妬を燃えたぎらせて、勝ったと思っても。

 

嫉妬心を大きくさせないためには、着実な経験を基にした「自信」を自分自身が持てるようになることがひとつであると、心理学から学びました。

そして、自分自身をよく理解し受容すること。

「羨ましい」も認めること。そう思っている自分はどうしてなのかを考えること。自分の状態をよく見つめること。

 

いつか、縁壱側からも検討してみたいと思います。

 

本誌は「現代」に進む様子。もうびっくりですね。

コミック21-23巻は特装版。まだまだバンドワゴン効果は働きそうです!

楽しみですね。

 

では、また。

心燃やして取組みます。