本日3記事目











わたしはつい、

母の体力や、

慣れないスーパーで迷子になるのでは?と心配になる。


今2階にいれば、見に行ってやりたくなり

1階にいれば、食品売り場を一緒にまわってあげたくなる。


でもそれは、

わたしが不安なときにして欲しいことで


母が今必要なことかはわからなかった。


夫は、母が自由に買い物を楽しめるよう、

自分たちを気にせずに過ごせるよう

電話をしないことや姿を見せないことを選んだ。

母がベンチで休んでいるか?の確認だけするため

2階のベンチを探して回った。


わたしはこういう時、夫の深い愛情や信頼を感じる。


そして現実の母は、

洋服や本屋を30分以上見てまわり、

食品売り場に降りてきて、好きなものをカゴにいれていたのであった。


10年前、わたしは母に

仙台以外の土地でファンに会いに行きたいと言えば

どこにでも着いてきて、現地につくと

私の仕事の間、1人で見知らぬ土地をバスや電車で駆け巡り観光し、

一人でホテルに帰りチェックインを済ませわたしを待ち、

それはそれは支えとなった。


散歩も自転車も

地下鉄もバスも大好きで、高齢者用の年間乗り物チケットを

活用しまくる母が、骨折や入院をして以来、

近くのスーパーに行くのがやっとになり

寝込む日が続いて、わたしもすっかり母を老人扱いしているのだ。


帰りのエレベーターの中で母は、

秋になったらここまで一人で歩いてきたい、といい

わたしも、それはすごいことだ。って思う。


わたしは母の100万倍体力があるのに

ここまで一人で来たことがないから。。!!!


つづく。



Meg.