自分の人間力が試されます。
昨日、登場した叔父の続きです。
5年来の不眠症。
最近ではパニック障害も加わりました。
実は、不眠症のことを話してくれたのは、3か月ほど前。
それまでは、腰痛や腕のしびれを何とかしてくれと。
私は甥っ子。
身内ですからね。
言いにくかったんでしょう。
近所ですからね。
眠れない夜。
時々、来るんです。
でも、いちおう、気を遣ってくれてるみたいでね。
かなり追い込まれた時だけ。
施術すると楽にはなります。
で、その夜は眠れるんです。
でも、マシになるのは2~3日。
また、すぐに戻ります。
あくまで対処療法。
叔父には、申し訳ないですけどね。
最近までそういうことを繰り返していました。
で、先日。
そろそろ時機かなあと。
「今日は施術せえへんで。」
根本的なところを見つめてもらいます。
叔父に問いかけました。
少し水を向けると、ポツポツと話し出してくれました。
全部仕事のこと。
次から次へと。
仕事を途切れさせないように。
資金繰りが行き詰まらないように。
従業員が不満を溜め込まないように。
「それ、誰かに聴いてもらったこと、ある?」
「・・・ないな。」
抑圧した感情を表現する場がないんです。
家庭に持ち込むのは問題外。
従業員には、そんなこと言えるはずがない。
同業者には腹を割れない。
おねーちゃん相手に飲みにも行かない。
たまに友人とゴルフに行ってもね。
ゴルフ自体、真面目にやり過ぎて、新たなストレスに(笑)
よくこれまでやって来れたなと。
気合いですよ、気合い。
全て気合いで乗り越えてきたんです。
主人たるもの、家族に心配はさせない。
経営者たるもの、従業員の生活を守るのが責務。
気を遣って、我慢して、ナンボのもんだと。
とにかくね。
話がとまらないんですよ。
普段、そんなに口数が多い人じゃないんです。
なのに3時間くらいぶっ続けで話すんです。
私は、途中から船を漕いでましたが(笑)
叔父もよく分かってましてね。
私が半分寝ているのを承知しながら、吐き出すことに専念してました。
とにかく、ブレーキをかけずに話せる対象がいればよかったんです。
いつの間にか、しゃべり疲れて眠っていました。
すっきり「抜けた」いい寝顔。
そのまま、寝てもらいました。
2時ごろまで横にいましたが、私も寝てしまいました。
どうやら、途中でそっと起きだして帰宅したようです。
薬に頼らず眠れたのは、5年ぶり。
翌朝もカラダが軽いと喜んでました。
それを「施術」と呼んでもいいのなら。
叔父にとっては、今までで一番喜んでもらえた施術でしょう。
手技を受けずに楽になったことの意味。
叔父にとって、気づきになれば嬉しいかぎりです。
カラダにコリとして表れる抑圧された感情エネルギー。
その都度、施術でほぐすことはできます。
でも、外からできることって限界があります。
また、依存心が生まれかねません。
内から解放されることに敵うわけがありません。
カラダには触れてません。
ココロに触れたつもりです。
相手を「不眠症の患者」としてみた場合。
鍼灸の治験例なんかを調べる。
不眠症に効果のある施術やツボを探す。
それって、「不眠症の患者さん」なら誰に対しても同じ。
私も開業当初はそんなことしてました(笑)
でも、ひとりの「人」として観た場合。
さすがにそうはならないですよね。
まあ、叔父のことはそれまでの人生も含めて、よく分かってますからね。
真面目な性格だから、自分を追い込んでいるんだろうなあって。
容易に想像はつきます。
後は、いつ話すかというタイミングだけ。
苦しくなっては、施術で楽にする。
でも、すぐに戻る。
あえて、それを繰り返す。
このままじゃ解決できないって、感じてもらうために。
もちろん、叔父以外の不眠症の方なら、対応も変わりますよ。
正解なんてないんですから。
そのたびに施術者である自分が考えるしかない。
だから、いつも思うんですよ。
あれでよかったのかなあ。
他の選択肢はなかったのかなあ。
後悔はしてませんよ。
その時の自分のベストですから。
ただ、先日の「問われているのは? 」でも申し上げました。
手技も大事。
でも、自分の人間力をもっと磨きたいと。
楽にしてもらったと喜んでくれる叔父。
でも、一方的に私が与えているのではありません。
等しく私も学ばせてもらっているのですね。
病を見ずに人を観る。
どうやら、生涯のテーマになりそうです。
そのことに感謝。
では、今宵はこのあたりで。