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星乃宮せな推し

今朝、ひとけのないオフィスの廊下を歩いていたら(写真は全てイメージです)、不意にゆったりとしたピアノのイントロが聞こえてきた。このメロディには聞き覚えがある、プリプリの「M」だった。富田京子さんが作詞した、美しくて大好きな曲だけれど、今は聞きたくはなかった。時々、聞きたくない曲が勝手に脳内再生されることがある。

 

 

 

いつも一緒にいたかった となりで笑ってたかった

季節はまた変わるのに 心だけ立ち止まったまま

 

 

寒さの峠は越えて、これから三寒四温という気候になってゆくのだけれど、東京はあと2週間もしたら気温がグッと上がって春になる。推しを見送ったのは11月になったばかりの時期だったけれど、晩秋というか初冬という季節だったのに、いつしか春の足音が聞こえ始める季節になってしまった。

そう、ただ会って面白い話でもして笑い合っていたあの頃、本当はあり得ないくらい幸せだったんだな。失って初めて気がつく幸せ。

 

 

家に帰って、SNSを一通り巡回して、さてお手紙を書こうかとPCに向かうのだが、1行も書けないまま画面を閉じる。最近はこんな日が増えた。色々とやりたいことはあるのに、何をする気も起こらず、ただボーッとしている毎日。ならばせめて睡眠時間は確保しようと早く寝るようになったから、現役アイドルさん達の配信を見ることもできず、シアターの予定も対バンのスケジュールも見たところで仕方がないという気持ちが強くて見なくなってしまった。

 

好きな推しがいれば、その発する言葉は一言も聞き逃さないぞと、耳をそばだてるようになる。ライブを見て会話をしたいから、活動の予定をチェックし、自分のスケジュールと整合させて出掛ける準備を整える。話しきれなかった会話の補足や、前回の感想、これから先への期待をお手紙に書き付け、渡す準備をする。第一人格としての生活や仕事もあるから、その隙間にうまいことはめ込んでスムーズに回るように調整する。シアターにしろ、対バンにしろ、どこから向かうかというのは毎回違うから、スケジュールから逆算して足順を作る。ただ推しがいるだけで、こんなに色々なことをやっていたんだなと、空っぽの画面を見て改めて思う。

 

 

 

あなたのいない右側に 少しは慣れたつもりでいたのに

どうしてこんなに涙が出るの もう叶わない思いなら

あなたを忘れる勇気だけ ほしいよ

 

 

推しがいない世界はどうなってしまうのか、あまり突き詰めて考えてこなかった。それは、考えられないというより、考えたくなかったからだ。正直なところ、涙は出ないし、全く泣いてはいない。しかし、この状況に全く慣れておらず、違和感ばかり。推し活の分暇は増えたけれど、単にボケッとする時間が増えたにすぎない。せめて推しとの思い出をまとめるとか、膨大な写真や映像を整理するとか、やることはあるはずなのだが、何も手を付けることができない。

 

もしかすると徐々にフェードアウトする形で名残をくれるのではないかと期待していたけれど、推しは新しいことを始めたらしい。地域的にも、職業的にも、一切の接点は期待できないし、好きだからこそ、新しい生活を邪魔したくない。だから再び会いたい、話がしたいという思いは叶わない思いになったわけで、いっそのこと推しのことを忘れる勇気がほしい。この歌詞はぴったり私の状況とシンクロしていて、心がずきずき痛む。大切な思い出はメイドさんへのプレゼントボックスに格納して持って行きたい。しかし、推しのことはすっかり忘れてしまいたい。どうして忘れなければならないのか、このままでは精神的におかしくなってしまいそうだから。いっそのこと、存在を忘れてしまえば会いたい、話したいなんて気持ちになることはないだろう。

 

 

You are only in my fantasy.

今でも覚えているあなたの言葉 肩の向こうに見えた景色さえも

So once again, Leavin' for the place without your love.

 

星が森へ帰るように 自然に消えて小さな仕草も

はしゃいだあのときの 私も

 

 

歌詞はまるで予言者のように続く。そう、推しは今私の妄想の中にしか存在しない。確かに存在したそのぬくもりも(いや、手は冷たかったから、ひんやりか)、息づかいも、透き通ったよく通る声も、笑い声も、上目遣いにこちらの心底までのぞき込むような悪戯っぽい目つきも、アレンジが得意だった髪の毛も。肩越しの景色だって全部覚えている。

 

 

夜の森をボーッと眺めていると、星空が驚くほどのスピードで回転しているのがわかる。その一部は森から現われ、反対側の森に消えてゆく。

森の中の自宅に馬車で帰宅するドイツのマルティン・ルターがその景色を見て感動し、子ども達にも見せてやりたいともみの木のクリスマスツリーに星を飾ったエピソードはあまりにも有名。

同じ景色を見ても、星が森に帰るなんて素敵な言葉はとても思いつけないのだけど、そうやっていつの間にか忘れてしまい、消えてほしいと願っている。

 

 

Ah瞬きもしないで あなたを胸にやきつけてた 恋しくて

 

ガチ恋では決してないのだけれど、推しの言葉は一言も聞き漏らさないぞと聞き耳を立て、日々のコンディションを把握し、毎日毎時推しの頭の中に占めている思いを把握・共有し、応援し元気付け感謝を伝えるというルーティーンだった。全く勝手に、横に座り同じ夢を共有し、応援できるというのがアイドルならではのサービスなのだが、そういう形で人生の一端に関係させてもらえたことは幸せだった。非力なヲタクだったので、本人が期待するほどのサポートはできなかったし、夢がパーフェクトに叶わなかったのだとすればその責任の一端は私にも勿論ある。でも未完成で未達成な状況は将来への期待と裏腹だと思っていた。そこには、共有できる時間は有限であるという当たり前の事実が失念されていた。まあ、あえて失念して考えないようにしていたというのが正しい。

 

推しは元気で生きてさえいれば幸せなんだと言っていたし、私自身もそう思っていた。私が究極願っているのは、推しが幸せに生きているということだから。生離死別(せいりしべつ)という言葉があることを今日知った。もう二度と会うことが叶わない生離と、死別に違いなんてあるんだろうか。奇しくも今日、中居正広さんが芸能界引退を発表した。何があったのかは知らないし、明らかにはされないんだろう。フジテレビが窮地に陥るきっかけを作ったのかもしれないが、この状況はフジテレビ経営陣に責任があることは明白だ。何も引退なんてする必要はないんじゃないかと思うが、中居さん本人が精神的に耐えられなかったんだろう。大勢いる彼の長年のヲタクはどんな気持ちでいるのか、きちんとやりきって去っていった私のケースより格段に辛いのは間違いない。

 

今でも恋しいけれど、だからこそ足を引っ張るようなことはしたくない。かつて岡田彩花にもキツく言われたことだ。今どこかで何かをしている推しは、私がかつて推していた人とは似ているけれど全く別の人物だと思うことにした。そう、推しは私の妄想の中にしか存在しない。会いたければ妄想の世界に遊びに行けば良い。それならもう2度と会うことが叶わなくても悲しくない、とふと考えた。

 

 

今はまだ気持ちが落ち着いていないけれど、幸にして記憶力には自信がないので、風化するのは早いのではないかと思う。もう少しして落ち着いた頃に、私のために「M」を熱唱してくれる歌姫がいたら気持ちが動くかもしれないな、とふと思った。

 

 

 

 

 

■時代背景を少し解説

 

あなたの声聞きたくて 消せないアドレスMのページを

指でたどってるだけ

 

 

1989年の曲だからまだ携帯電話がアナログ方式で、やっとポケットに入るかどうかとういう時代で、一般にはまだ普及していなかった。恋人と話すには固定電話を掛けるしかない時代。一般家庭にコードレス電話が普及して、個室で寝っ転がって電話できるようになった頃。コードレスになる前は、玄関やリビングに設置された電話機を占領して電話するしかなかったから、会話は家族に筒抜けだし、そう簡単に長電話をすることもできなかった。そもそも、1家庭に1台しかないから、恋人が出てくれるとは限らず、出た人に恋人に代わってほしいとお願いする必要があって、若い頃には結構なハードルだった。

 

 

だから、ここでいう「アドレス」というのは電話番号をメモしておく専用の手帳のことで、アルファベットのインデックスがついていた。例えばこんなやつ。

その後ガラケーに搭載された「連絡先」は、紙の手帳を踏襲している、スマホの連絡先も影響を受けていると思う。

別れた恋人に電話をすることはないのだから、本来なら横線を引いて抹消するのだけれど、それができない未練が、そのまま曲の題名になっている。恋人の電話番号くらいは暗記していたものだけれど、それじゃあ目に見える形で未練が残らないし、恐らく親密になって番号を暗記する前は、電話帳に書いておいた筈。

 

イチイチアナログで、電話番号を紙の手帳で管理しておいてバッグから取り出してダイヤルするというまどろっこしい方法で連絡するしかなかったのだけれど、そのハードルの高さがこういうドラマチックな光景につながっていると思えば、何でも簡単に手軽になるのが良いことばかりでもないな、と思う。

 

余談だけれど、自宅にいない人に連絡を付ける方法は非常に限られていたから、デートするには文字通り時間と場所を予め決めて約束して待ち合わせる必要があった。メールなんてまだなかった時代。仕事の都合なんかでドタキャンしたり遅れたりということが多い人の場合は、待ち合わせ場所を喫茶店とかにしておいて、遅れる時にはお店にあるピンクの公衆電話に電話した。公衆電話は色によってタイプが分かれていて、ピンクの電話には電話番号が設定されていて、外から掛けられる機能を持っている。だから仕事場の電話とか公衆電話からお店の電話に掛けて、お店の人に伝言を頼むことができた。(それ以外に、お店の予約なんかもこの電話でできた)

 

今ではちょっと想像もできないかもしれないけれど、SNSはおろか、メールだってなかった時代。ふとした一言を聞くにも、電話か会って話を聞くしかなかった。そんなことで恋愛が成立するのかと今の若者は驚くかもしれないが、別にそれならそれで成立するのだった。ICTの発展で世の中は便利になったのか、逆に不便になったのかはわからない。確かに言えることは、日々ちょっとした心の揺らぎや、気分を共有することは物理的に無理だった。