千歳(せんざい)公園のA沢くん | やさいのほとり

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40代後半に離婚しました。
元主婦がなんとか再就職して自活。(現在は50代)
涙あり笑いありの再出発日記です^^

ブログはゆる~い駄文かな。(短歌は力入れてます)
多くの方に読んでいただけたら嬉しいです。

息子が小学校入学、娘が幼稚園の年長組に進級という年、

わたしは手狭になったアパートからマンションへの引越しを強行しました。

(強行というのは、わたしが独断で進めた引越しだったからです)


新しい家のすぐ横には千歳(せんざい)公園という名前の立派な公園がありました。

子供たちを連れて遊びに行くと、すぐに双子のTくん&Hくん兄弟、Rくんなどが話しかけて来て、

越してきた瞬間から遊び仲間ができました。

息子は特別社交家でもなければ、人懐こいとか、積極的なわけでもなく、

むしろ控えめで大人しいタイプなのですが、不思議といつどこにいっても話しかけられ、

あっという間に大勢の仲間に取り囲まれるという不思議な特性がありました。それは今でもそうです。


その公園にはちょっとした主(ぬし)が居ました。

高校生のA沢くんです。

A沢くんは、遠方の高校に通っていたことから、近所に同年代の遊び仲間が居ないことにくわえ、

無類の子供好きから、休日はもちろん平日でもヒマさえあれば公園に居て、

チビっ子たち(下は幼稚園児から上は中学生まで)と遊んでいました。


そんなA沢くんに対する世間の目は、「チビたちと遊んでくれるありがたいお兄ちゃん」でもあり、

「警戒すべき人」でもありました。


「だっておかしいじゃない、いくら同年代の友人が近くに居ないからって、

四六時中公園に居るなんて」

そんなことを言うお母さんもけっこう居ました。

もちろんわたしも子供を守る本能は人並みにありましたから、

完全に子供たちを任せるのではなく、遊んでもらっている間、遠巻きに眺めていたり、

A沢くんとも何度も話をして、その人となりを見極めようとしました。


でも程なく「このお兄ちゃんは絶対信頼できる子!」と確信しました。

確信してからは、平気で任せるようになっていました。


特にうちの子供たちのA沢君への懐(なつ)きようといったら、異様なほどでした。

当時夫は仕事一筋で家庭をほとんどかえりみませんでしたから、

わたしはチクリチクリと「父性愛に飢えているからよ」と、夫に言っていました。


雨などで公園で遊べない日は、たまり場だったわが家に10人前後の子供たちがやってきました。

その中にはA沢くんも居ました。

さすがのわたしも高校生の男の子を家に上げるのは一瞬躊躇しました。

本人もチビっ子たちが家に上がったあとも上がろうとはしませんでした。

でもA沢くんを慕う子供たちが、家の中から熱心に呼ぶのを見ると、

帰してしまう方が不自然に思えました。

そしてそれからは、雨の日は家に上がってもらうのが普通になりました。


「高校生の男の子を家に上げるの?それはちょっと引くなあ」とか

「放っておいて大丈夫?少し気を付けた方がいいんじゃない?」

なんて他のお母さんから言われたこともありましたが、

「何度も話をして、あの子は絶対大丈夫とわかったの」と澄ましていました。

(何度も話をしたなんて、余計怪しまれるではないの(^_^;))


A沢くんに感謝すべきは、長時間チビたちの面倒を見てもらったことだけではなく、

A沢くんを慕う幼稚園児から中学生までの、理想的な縦割り社会がそこにはあったからです。

なぜ縦割りの遊び仲間が子供たちに必要なのかは、その様子を目の当たりにしていればよくわかりました。

そこには同年代だけで遊ぶのとは全く違う、ダイナミックで微笑ましいやりとりがこれでもかという程ありました。

わたしはそれを見ているだけで「この子たちの将来は安泰だ」とか

「ここに居合わせた子たちは、きっとこの経験が宝物になるだろう」

と、大げさなようですが、いつも悦に入って見ていました。


わたしも当時からチビっ子たちが大好きだったので、

そこにほんのちょっとでも係っていたくて、家をたまり場に提供したり、

公園にせっせと駄菓子やアイスや果物を運んで行っては、配っていたのです。

本当に楽しい時代でした。


全国でも有名な長岡花火というイベントがあります。

この日は夜9時過ぎまで自分の子供たちと川べりまで行って花火を鑑賞。

帰り路に公園の前まで来たとき、

A沢君を中心に花火を口実に家を出ていた中学生や小学校高学年の子供たちに、

ふと呼び止められました。

「こら~、君たち。いくら花火大会でも、もうすぐ10時よ。早く帰りなさい。A沢くんも・・・」

と言うと、

「シーッ。Tのママ、ちょっとこっちに来て」と電灯でライトアップされた公園の木を指さします。

そ~っと近づいて言われた木の所を見ると・・・蝉の孵化の瞬間でしたヽ(゚◇゚ )ノ

なんかもう感動でした~~!

「あなたたち、花火よりこっちの方(公園で遊んでいる方)が良いのね」

(そしてA沢くんと居る方が・・・)

そう思うとおかしくてたまりません。


そんなたくさんの思い出が詰まった千歳(せんざい)公園とA沢くんを中心としたチビッ子たちとも、

転勤のためサヨナラとなりました。

その少し前からA沢くんも俄かに忙しくなり始めて、お別れの瞬間は会ってお礼を言うことができませんでした。

それが返す返すも残念です。


お別れの日は早朝からチビッ子たちが家の前に集まって、

引越し業者さんのいつ終わるともわからない作業の間もずっとそこに佇んで、

車が出る最後の瞬間まで佇んで、

走る車をドラマみたいに追っかけて来てくれました。

本当に涙が出ました。

その場に居なかったA沢君にも心の中でお礼を言いました。

その時は、いつでもひょっこり会えるような気がしていたのです。

でもあれから10年近く経っても会えません。

あれから10年だと、今は27~8歳の青年のはずです(アラサーかぁ)


そしてなんと恐ろしいことに!

現在A沢君と同年齢になった高校1年生の息子が、

なんと第2のA沢君になっているのです。


近所の第一公園や団地公園に行けば、

いつでもチビッ子たちを集めて野球かサッカーをしている、わが息子に会えます。

(もちろんわたしは目を逸らします。っていうかそこはなるべく通りません。キリッ)

息子は高校で部活に入るよりも、第2のA沢くんでいることを選び、楽しんでいるのです。

(同年代の友達も、もっと年齢が上の友達も、あちこちの高校や専門学校にいるのですが・・・)


「困った息子でしょ」と人々に対して口では言いながら、

本当は「面白い子だ・・・」と思っているわたし。

ただ本人には「中には不審な目で見ているお母さんもいるはずだから、行動には気を付けてね」

と言ってあります。

「うん、わかった」

・・・・って、変なところで素直だけど・・・なんか、おそろしく幼稚なのかな?


やさいのほとり

胎児のようなうたた寝の寝姿を、激写してアップしかけましたが、

さすがに知られたら舌を噛み切られるかもしれないので

やめておきました。

今日のコンビニデザート・・・重ねドルチェ・マロン&カスタード

(かなり本格的なお味です)



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