の続きです
前回の記事では
アラスカの厳しい自然環境の中で
1800年代に40年間も
宣教師として活躍した
夫の曽祖父のストーリーについて
書きました
当時は
壮大なドラマが繰り広げられていた
ようなのですが
お義母さんの話を元に想像してみても
あまりにも私たちの生活とかけ離れていてるので
正直に言うと
いまいちピンと来ませんでした・・・
そんな中
アメリカを離れ日本へ向かうことに
時同じくして
福岡に住む
わたしの高校時代からの親友Yちゃんから
連絡がありました
「熊本に一泊旅行に行かない?」
このお誘いは、とても嬉しかった![]()
熊本の震災後
自分に出来ることは?
海外にいても日本国民
皆さんと同じように考えて
ほんの微力ではあっても
チャリティに関わったり
日々気にしていたので
この目で「今の熊本」を見て
肌で感じることができれば
自ずとまた違った視点で
お役に立てることがあるのかもしれない
そう感じて
二つ返事で熊本に行くことにしました
※宿泊予約はこれを利用しました
「九州ふっこう割を使って熊本へ行こう!!」
山口から福岡のYちゃん宅まで
同じく高校時代のクラスメートで
いつも親子共々めっちゃお世話になってる
Kちゃんと一緒に向かい
一泊してから
宿泊予定の熊本は天草へ向けて出発
3連休の初日だったその日
福岡から九州道を順調に進んでいましたが
熊本市辺りで渋滞が激しくなりました
熊本震災で一番被害のあった
益城町周辺だったので
南へ向かう観光客だけでなく
(あくまで想像ですが)
ボランティアや支援物資の搬入で
混雑していたのかな、と思いました
その大渋滞中の車の中で
突然Yちゃんの息子Jくんが
小学校で習うはずもない
天草四郎の名やキリシタン大名という言葉を
さらりと口にしたのです
「どうせ天草に行くなら天草四郎のお墓を訪ねてみよう」
(実際の会話はちょっと違ったかも…?)
そのJくんの思いがけない言葉で
わたしたちは
上天草市にある天草・島原の乱の歴史博物館
訪れることになりました
※自慢じゃありませんが
高校時代に全くというほど
授業を聞いていなかった
わたしとJ君のママY・・・
わたしたちよりは若干真面目に
勉強していたと思われるKちゃんも
揃いも揃って歴史には全く興味ありません
まだ子供のJ君の一声で
歴史博物館に立ち寄ることになるなんて
わたしには
導かれたとしか言いようがない
と思えてなりませんでした
その理由は後半に続きます・・・
その晩は
ホテルに1泊して温泉と部屋食を満喫しました
親子で浴衣は珍しいかも![]()
一時帰国中にすっかり緩みきってたわたしは
温泉に行ったというのに夕食後早々に
うたた寝してしまいまして・・・![]()
YちゃんとKちゃんと語らうどころか
ゆっくり温泉にも浸かれなかったのですが
熊本への旅行を迷っていらっしゃる方が
もしいれば
是非行ってみてほしいな、と思います。
わたしたちは海の幸を満喫し
至れり尽くせりのサービスに大満足でした![]()
長時間運転して連れて行ってくれたKちゃん
(最近は一時帰国の度に
Kちゃんと九州の温泉に行っているね〜前回は別府)
YちゃんJくん親子
(お留守番の旦那様&長男Rくん)
また行こうね〜ありがとう〜![]()
おっと、脱線しすぎですね!!
話を元に戻します![]()
翌朝チェックアウト後
予定通り
に立ち寄ることに
天草・島原の乱の発端や
天草四郎の人柄だけでなく
当時の日本に持ち込まれた
南蛮文化などが詳しく展示されていて
当時の九州がいかに開けていたかを
伺い知ることができました
ここでちょっと解説です!
天草・島原の乱とは・・・・・・・・・
1600年代、キリスト教の禁教令が
しかれた時代に信仰の禁止と
厳しい年貢の取り立てに追い詰められた
民衆3万7千人が
まだ当時16歳だった天草四郎を総大将に
島原の地で幕府軍12万と戦いました
数カ月に及ぶ冬の厳しい戦いで民衆は破れました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これまでの話と
この出来事って
なんの関係があるの?
そう
わたしにとっては
この歴史博物館への訪問が
わたしが全く意図しない形で
異国での宣教活動の様子を
生々しいビジュアルで
臨場感をもって教えられた出来事だった
というわけなんです
(未だにJ君がなぜ天草四郎を知っていたかも謎です)
わたしのお義母さんの話から推測できる
夫の曽祖父がアラスカの地で
原住民たちから受けたかもしれない反発や迫害
それでも信仰を守り続ける強い信念
愛を持って人々と接し
決して自由や平等を諦めなかった強い心
時代や場所は違えど
日本で宣教活動をした異国の人々の歴史を
この天草四郎メモリアルホールで
目で見て肌で感じることが出来ました
(※島原の乱が起きたのは曽祖父の時代の100年以上も前の話ですけどね)
何かに憑かれたように
食い入るように展示物を見た後
(そうは言っても息子が急かすのであまりゆっくり見れなかったのですが)
最後に目に入ったのは
2階にあるらしい
瞑想空間
のサイン
ここ数ヶ月の間
瞑想を習慣にしていた私は
迷わず息子と一緒に行ってみることに
ここは
と〜っても不思議な空間でした
礼拝堂のような場所で照明はおとされ
ビーンクッションがいくつも置かれており
そこに座って訪れる人々が
自由に瞑想出来るようになっていました
光と音で3万7千人の島原の地で散った
尊い命が天(パライゾ=パラダイス)に
昇っていく様子を
表現しているとのことでした
写真撮影禁止だったので
こちらのブログからお写真拝借しました
http://blog.livedoor.jp/funa888/archives/50599407.html
その瞑想中に考えたことは
その旅には来ていなかった夫のことでした
わたしの夫は
そんな曽祖父の血を引いたからなのか?
若い10代の頃から自分で稼いだお金で
外国の僻地に単独で訪れてみたり
住んだりしていたそうなんです
彼自身は
キリスト教の神父の息子にも関わらず
なんの宗教も信仰してはいないのですが
自分の軸のある良く言えば
ニュートラルな人で
どんな考えや信仰にも理解を示す人です
わたしも信仰する宗教はありませんが
彼の影響でかなりリベラルになったし
スピリチュアルなことや
宇宙の法則を信じるようになりました
そういう事情から、これまで
彼の両親の信仰について
家族間で話題に上ることは
ほぼなかったので
この一連の流れで
わたしが学んだ多くのことを
彼と共有しても彼も知らないこと
(聞いたけど忘れたこと?)
が多かったようです
なぜ
わたしが突然
夫婦の先祖に興味を持ち始め
両親の信仰について学ぶ目的で
まだ幼い息子の手を引いて
彼のご両親の話を聞きに行ったり
はるばる熊本の
天草四郎の元を訪れたりしているのか・・・
ここもやっぱり謎
不思議でしょ?
でもね
これには伏線がちゃんとあるみたい
続きの
では
この後訪れた
熊本震災の被害が色濃く残る
益城町の様子も
わたしの主観ですが書いてみたいと思います
導かれて出逢う人
訪れる場所
全てはつながっている
※続きは近日中にお届けしますね!
今日も最後まで読んでくださり
ありがとうございます
大好きなマレーシアのクアラルンプールに
移住して7年目
根を生やしてマイペースに活動しています
よかったらポチッと応援お願いします![]()




















海外で子育て・お仕事
悩みも不安も仲間と共有できたら
毎日がサプライズで楽しくなりますよ
あなたの海外ライフを
コーチングで応援しています(^_^*)
詳しくはこちらのリンクらから
コーチングセッションQ&A























