対話セラピスト 大野木睦子です。
以下は、2005年に書いた文章です。
その背景は、こちらをご覧ください。
⇒ 【私の物語①】「私」という物語
【私の物語②】私とは何か 1 の続きです。
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そして、あらためて「問い」が立った。
私とは何か
何のために私は生まれてきたのか
私はどこからきてどこへいくのか
私がやるべきことはなんなのか
私とは何か。
それは、『未完成の器』であると思う。
「人間」は、常に「未完成」であると思う。
「完成」しないからこそ人間である。
未完成であるからこそ、完成を目指して、悩み苦しむ。
理想へと至る道の途中の存在。
それが人間であると思う。
そしてこの肉体は魂の入れ物。
肉体を持った人間であるからこそ経験できる喜びと苦しみ。
いろいろな経験・体験を繰り返して、魂を磨いていくために、人間という肉体を持った存在が必要なのだと思う。
だから私は、『未完成の器』である。
そして、私は、かけがえのないただひとつの存在である。
ひとつのきっかけ、ひとつの機会、そしてひとつの奇跡である。
私が今この瞬間ここに存在することは、とてつもない奇跡の賜物。
同時に私は、ある大きなものの一部であると思う。
すべてのつながりの一部。
そしてその本質は「愛」
私はあるとき「それ」に出会った。
突然、まるで唐突にそれは訪れた。
姿も形もなく、ただ気配が部屋中にあふれ、「存在」を実感した。
それは、あえて呼ぶのなら「彼」としかいいようのないものだった。
言葉という形もなく、ただ気配が流れ込み、「彼」を感じていた。
彼は「愛」そのものの存在だった。
100%の愛。
一点のくもりもない愛。
人間の考えられる「愛」を超えた、完璧な「愛」だった。
完璧という言葉の意味を初めて知った。
愛という言葉の意味を初めて知った。
彼の目で見る世界は、時間も空間も関係の無い世界で、とてもとても美しく、そして何よりも限りなくいとおしいものだった。
すべてが一体で、私たちは全部であり一部であり、過去であり未来であり、今、であることがわかった。
この経験は私にとって、とても大きいものだった。
でも、あまりに大きいがゆえに、その当時の私はどうしていいかわからず、それを心の底にしまいこんだのだと思う。
なぜ、彼はあのとき、何のためにやってきたのか。
考えること、理解することはおろか、経験した事実を認めることも私は放棄して、とりあえず、心の底にしまいこんだ。
やっと、今、それを受け止め、開放することができるときが来た。
神とは何か。
それは、「愛」である。
人間とは何か。
神という「愛」を満たす「器」であり、それは、永遠に「未完成」である。
魂を磨くための経験を重ねるための「未完成の器」。
私とは何か。
私は、神であり、愛であり、全体であり一部である。
そして、私はとても大切でいとおしい存在である。
(おわり)
次はこちら ⇒ 【私の物語④】今、話す理由 1
【私の物語】目次はこちら
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