宇宙人になった人 | kyupinの日記 気が向けば更新

宇宙人になった人

もう数十年入院している高齢の統合失調症の患者さんが、ある日、宇宙人になったらしい。

彼の名前を呼ぶと返事をしない。続けざまに名前を呼ぶと、こちらに振り返り「人違い」という。

彼の部屋に行ってみると、名前の札が変えられており、ロシア語かアラビア語かわからないが、英語ではない言語で名前が書かれていた。

定期の診察では、なるべくそのことに触れないで、日常の平凡な話をするようにした。あの「人違いの話」を詮索するのは不毛すぎる(←精神科医的感覚)。

彼の場合、怒り出すのは必至なので、病状を悪化させることはせず穏便に済ますのである。精神科医が、このようなことを蜂の巣を突付くように聴き、その結果、保護室収容になるとか、セレネースやジプレキサを筋注するような不始末になった日には、看護者からも、

あの先生は何を考えているんだろう・・

くらいには思われる。つまり、「放っておけばよいのに、何故いらんことをするんだ」みたいな。

ある日だが、彼は日本人に戻った。宇宙人の期間は2週間くらいだったと思う。これを見ても、何もしない対処が優れていたことがわかる。

また、この程度でこのタイプの異常体験や妄想が変わってしまうことは、妄想性障害との相違の1つである。

2週間ばかり宇宙旅行に行き、すぐさま地球に帰って来られるのは便利と思うが、平均的な地球人とは異質の世界に住んでいるのは間違いない。

彼は10年ほど前までは開放病棟で療養していた。ところが、ある日、個室(保護室ではない)に16歳くらいの若い女性を入院させていたところ、彼女がある日、目を醒ますと、ベッドのすぐ横に彼が立っていたと言う。

彼は突然、「変なおじさん♪」になったのである。

彼は何らかの悪戯目的ではなく何も意図などなかった。彼になぜその部屋にいたのかと聴くと、「ここは自分の部屋」と答えるが、元々、責任能力が問えないレベルなので、「それは間違っているでしょう」と言うには言ったが、指導になったかどうかもわからない。

結局、その事件の際、その若い女性に僕が謝り、彼をしばらく閉鎖病棟に移動させ、保護室に収容することにした。閉鎖病棟にも若い女性は入院していたからである。

普通、精神科病棟には、男性病棟、女性病棟と分かれている病棟と男女混合病棟があるが、男性だけの病棟がなければ、しばらく保護室で様子を診た方が無難である。これは著しい興奮はないとはいえ、自然な対処と言える。(例えば、そういう処遇変更をせず、立て続けに同じようなことがあった場合、その方が精神科病院の処遇として甘さを指摘されかねない)。

元々、保護室に収容される要件(症状)の1つに、「他患者への迷惑行為」と言うものがある。

悪いことは重なるもので、収容した翌日くらいに監査があった。監査は、県または市町村、保健所の2つが主で、もう少し長いスパンでその地方の厚生局の監査が行われる。税務署もたまに来る。

監査の人の指摘で、

その保護室収容は、懲罰的対応ではないか?

と言うのである。どうみてもそうではないのは明らかである。たぶんだが、その監査に来た人は現場感覚が欠如しており、「保護室は懲罰的に使う=×」と言う国家試験的文章が頭にこびり付いているのではないかと思った。

しかし、そのような際に、こちらから鋭く指摘して議論にでもなった日には、後で大変な指導を受けかねないので、ここは無理せず日本的に穏便に済ます。これは基本である。

このようなことを見ても、日本の特に精神科病院では人権についてのチェックがかなり厳しいのがわかるであろう。

現代社会の精神科病院では、いわゆる地域でも生活できるほどの人たちはほとんどグループホームやアパートなどに出てしまっており、超長期入院になっている人たちは、真に重い人と、高齢化のため、介助が相当に必要か、ほぼ寝たきりに近い人たちがほとんどになっている。

なお、最初に挙げた宇宙人になった人だが、ある時期、著しく体を壊し、車椅子状態になっていた。僕はこのままでは今後、歩けなくなるのではと懸念していた。

ところが強靭な生命力で復活し、現在でも閉鎖病棟を闊歩している。

さすがに、宇宙から来た人はどこか違うのである。

参考
死にゆく精神病院
保護室で便だらけになる人
病気はもう治りました
統合失調症と痛みの感覚
想像力の低下と妄想性障害
妄想性障害の周囲に信じさせる力
宇宙人にさらわれたら・・