病気はもう治りました | kyupinの日記 気が向けば更新

病気はもう治りました

外来患者さんが診察室に入って来るなり、いきなり

病気はもう治りました。今日の朝からです。

と言われた。この患者さんの診断は統合失調症である。

普通、こんな風に切り出されると、この人、悪くなっているんじゃないか?と思ったりする。しかし、この患者さんは全く問題がなかった。たぶん体調がよかったんだと思う。その続きが良かった。

胆嚢に砂が溜まっているだけです。後は健康。

この一連のやりとりは、良く考えると奥が深い。統合失調症の人は普通、真の病識などなく、精神症状と本人の思考が噛み合わない。これは過去ログでも幻聴や妄想の捉え方の相違などで出てくる。

しかし、風邪を引いたとか、足を怪我したとか、貧血があるなどの精神以外の面では病識が保たれていることが多いのである。たまにその辺りまでバラバラになっている人もいるが、そういう人は真に荒廃している人である。

上の話を再度検討すると、彼にとって「胆嚢に砂が溜まっている」ことは「健康でない」ニュアンスには見える。だから、この人は内科的、あるいは外科的な異常は概ね健康な人と同じような感覚で捉えられるのであろう。たぶん。

なぜ、そこだけわからないのかが謎である。(統合失調症の本体)

この患者さんはここ2年で随分よくなっていると言う。僕は古典的処方のまま、ほとんど変更していない。薬を1錠減らしただけだ。

ここ2年で随分よくなっている。

この言葉は何なんだ?という話にはなる。全く病識がないのに・・

これは平凡に考えると、「体が軽くなった」「疲れが減った」「良く眠れる」「タバコが減った」など、身体的所見の軽快を言っていると思われる。辺縁の曖昧な症状の改善に気付いているのであろう。これは上の「砂が溜まっているだけです」という言葉にそのまま連続している。

しかし・・本質的なところは決して触れられないのである。

ここのロックを外すことができるなら、統合失調症の治癒まではいえないが、大変な進歩である。現況、彼は良くはなっているが、様変わりしたようには良くなっていないのである。

統合失調症の人は「病識はないが、病感はある」というのは、つまりそういうことなんだろう。こんな風に考えていくと、「胆嚢に砂が溜まっているだけです。後は健康。」という一見、奇妙な言葉も理解できる。

うーん・・
実にさっぱりしている。

参考
out of controlですよ
統合失調症っぽい幻聴