統合失調症と痛みの感覚 | kyupinの日記 気が向けば更新

統合失調症と痛みの感覚

一般に、統合失調症の人は普通の人たちより痛みに鈍感だと言われている。これは量的な感じ方の差であって、全く痛みを感じないとかではないし、統計的にこういうものが出ているものでもたぶんないと思う。これは精神医療にかかわる人たちの感覚なのである。実際、歯科医は患者さんが痛みに鈍感なので治療し易いのだそうだ。

いつだったか、統合失調症の人は癌が多くないように見えるし、劇的に治癒する奇跡がたぶん一般より多いのではないかと書いたことがある(参照1)。僕は統合失調症の人の、悪性リンパ腫(厳密には癌ではないが)、子宮癌、上顎癌、乳癌などは治癒を目撃したことがある。

しかし、さすがに肺癌には弱い。僕の患者さんで肺癌になった人は100%そのために死亡している。おそらく肺癌は統合失調症にも最終的に勝利するのであろう。

ずっと以前、1人、肺癌のエンドステージの患者さんを診ていたことがあった。この男性患者さんは、もう肺癌は打つ手がないので亡くなるまで精神科病院で診てほしいと言った感じだった。この人は精神病的にも肺癌的にも全く手がかからなかった。ただ、亡くなる前日、急に家に帰りたいと僕のところに言って来たのである。彼はもう帰る家がなかったのでそれを説明したところ、落胆はしているもののなんとなく納得された。統合失調症の場合、そういう風に説明しても頑として応じない人もいる。

彼は翌日、ポックリ亡くなってしまった。彼は肺癌が非常に悪かったのであるが、亡くなる数日まで歩きまわれるほど元気であった。さすがに元気がなくなったのは、亡くなる直前2日間ほどだ。彼は痛みで苦しんだとかそんな形跡も全然なかった。やはり、何かしら統合失調症の人は一般人とは違うのである。

一般に、統合失調症の人が癌に強いのは、その癌のために悩まないからという意見がある。確かに、それはあるかもしれないと思う。普通の人は癌になったと聞くとショックのあまりうつ状態になり、それだけで免疫力が下がる。だから不治の癌については本人にできるだけ告知しないというのは一応、合理的な理由がある。

生物学的側面では、統合失調症では免疫系の細胞の振る舞いが一般人と違うという意見がある。例えば、リンパ球の動きが活性化されるのかあるいは逆なのかは詳しくないのであるが、そういう面も謎の癌治癒に関与しているのかもしれない。

普通、うつ状態になると免疫が下がるので病気に弱くなる。だから、うつ状態が長期に続けば、年齢にもよるが、他の疾患で亡くなる確率が高まるとはいえる。癌だってそうだと思う。よく老夫婦では妻が先になくなると、夫は5年以内になくなる確率が高くなるといわれるが、これは喪失体験から来る免疫機能の低下も関係しているのだろう。

余談だが、逆に夫が先に亡くなった場合は、その未亡人はあんがい長生きする。これは基本的に女性は男性に比べ免疫系が強いから。この理由だが、もともとX染色体に免疫の情報が含まれるという話もある。それに対し、Y染色体は男性を決めるくらいしか情報がなく大きさも非常に小さい。男性はXYに対し、女性はXXとX染色体がダブルで入っているため、全般に病気に強いのだという(と言う話。エビデンスまであるかどうかは知らない)。それと意外かもしれないが、女性は男性より種々のストレスに強いとされているのである。

このように風に考えていくと、特に大きな疾患、癌に関してはその抵抗力において、うつ病と統合失調症では全く逆になっていることがわかる。脳内のドパミン、ノルアドレナリン、セロトニンなどの伝達物質が多いか涸れているのかでは大違いなのであろう(これだけではないと思うけど)

実は統合失調症の人は簡単に風邪をひくと思うので、免疫力が違うといっても感染症すべてに強いとは言い難い。これは細胞性免疫と液性免疫の強さ的なバランスの相違があるのだろうと思われる。

痛みの感覚と癌の関係であるが、一般に癌になった時、その疼痛の管理が非常に問題になる。痛みのコントロールがうまくいかなかった場合、激痛のために気力が萎え、免疫も低下し死期が早まる。特に癌の場合、骨転移は深刻である。これは極めて激しい疼痛を伴う。骨は本来、痛みのレセプターは存在しないが、表面を覆う骨膜は痛みを感じうる。だから骨折時の激痛は、この骨膜が部分的に裂けることによる。癌が骨転移してしまうと、癌が骨膜を喰ってしまうため、いつまでも治癒しない骨折の痛みが持続することになる。これを緩和する方法として、麻薬系の薬物が使われるが、終末医療では積極的に痛みを緩和してQOLを高めることが主眼になっている。(これは僕の看護学校の試験のヤマでもある)

ところが、統合失調症の人たちは癌になってもそこまで疼痛のために苦しまない。たぶん、統合失調症の人の痛みに対する鈍感さは癌に対する強さと関係している。僕は乳癌の全身転移の統合失調症の患者さんを診ていたことがあるが、ジプレキサのみ処方していたが、内科から与えられていた頓服の麻薬系鎮痛薬は遂に使うことがなかったのである。(ジプレキサのまま軽快退院した)(参照2

痛みに対する強さとは何なんだろう?

視床下部に鎮痛に関与する物質が存在しており、これらはエンドルフィンとかエンケファリンといわれる。これは僕の大学時代の生理学(たぶん2生理)ヤマであった。エンドルフィン(βエンドルフィン)は脳内麻薬様物質といわれ、モルヒネの6.5倍の鎮痛作用を持つ。

このエンドルフィンは性交などの時に出るといわれるが、一般には、サッカーのサポーターであれば自分の応援しているチームが劇的なゴールを決めた時、あるいはパチンコの客ならばセブンがかかった瞬間にも出ていると思うので、日常生活においても身近な物質と言える。人間においてはエンドルフィンは多幸感や恍惚に繋がっている。実際、2ちゃんねるのサッカー板では、「最後の10分間はゴール裏は完全にトランス状態だった」などの書き込みがあったりする。これはそのゴール裏のサポ全体は、エンドルフィンの出まくり状態だったことがうかがえる。

初発の統合失調症の人を入院させた時、特に著しい緊張病性興奮状態にあり、保護室に入れざるを得ないほどの状態では、精神症状を観察していると、たぶんエンドルフィン出まくっているのだろうなと思えることがある。「景色を見ていたら、赤がとてもきれいに見えました。本当に目に沁みるほどでした」などの言葉と、そのときの恍惚の表情は、どうみてもエンドルフィンが放出されているとしか思えなかった。そのような時は、偶然、切傷などをしても痛がらないことが多いし、無麻酔で縫合しても全く問題がなかった経験もある。

統合失調症の人に長期的に薬物療法を行った際に、エンドルフィンの出方がどのように変化するのかまで僕は詳しくないが、薬を服用していても、経験的には痛みに対する強さがかなり保たれているように見えるのは確かだ。感覚的には、治療している分、痛みに対する強さが減弱してもおかしくないと思うのであるが。

統合失調症の人が痛みや苦痛に強いとは言っても、それがプラスばかりではないという面はある。痛みの感覚は本来、生体の防御というか健康のための正常反応にほかならない。

例えば、肝硬変、肝癌などを合併し腹水がたまるようなレベルだと、一般人だときつさのあまりほとんど動けない。しかし、統合失調症の人ではわりと平気で動き回っている。そのような状態では安静が良いのであるが、一般人だとそうせざるを得ないが、統合失調症の人だと逆に安静が保てないことすらある。それとこれは重要だが、体の不調に気付くのが遅れるので発見された時は手遅れということになりやすい。つまり、ある意味、生体の危機シグナルがサイレントであり、監視機構がやや壊れているともいえる。