非定型精神病の人の彼氏
これは「ウェールズ生まれの」の続きである。
非定型精神病の性格特徴の「易感性」は謎の日本語である。これをグーグルで調べても、非定型精神病のサイトにしか繋がらないのでどういう意味なのかさっぱりわからない。辞書サイトで検索しても、答えがない語句なのである。易感性というのは、たぶん情緒的に上下のブレが大きいことを言うのであろう。例えば泣き虫だとか。お涙頂戴系の韓国ドラマなどを観るともちろん大変なことになる。彼女(彼)たちは「感動すること」が得意だ。これは精神症状の極期の、著しい幸福感、恍惚と関係が深いように思える。他の感情もそうで、立腹した時、「烈火のごとく怒る」のもこれに関係している。
これらは非定型精神病の人たちが情緒不安定というのともまた少し違う。病状が悪くなるともちろん情緒不安定になるが、彼女(彼)たちは、むしろはっきりした性格で、パーソナリティに1本スジが通っているようにも見える。優柔不断ではないからである。このように非定型精神病の病前性格は、統合失調症の人とはかなり相違がある。
その他、非定型精神病の家族は「親愛なる関係」であることが多い。非定型精神病の家族はお互いに仲がとても良い。家族同士の絆が強く情が厚いのである。これは不思議な特徴である。これは配偶者もそうで、非定型精神病の女性にはたいてい優しいご主人がついていることが多い。もちろん、非定型精神病の男性にも優しい献身的な女性がついている。これは双極性障害の人たちも同じような傾向があり、レビー小体型認知症、パーキンソン病の家族もそれがみられるので、これらは相互に関係が深いのかもしれない。
この「親愛なる関係」であるが、特に面白いと思うのは、非定型精神病の人たちの配偶者や恋人の人柄である。非定型精神病の人たちの配偶者は、とても献身的で優しい人が多い。これはあまり例外がない。この関係も当事者が男性か女性かで微妙に違う。このカップルを考えていきたい。
まず非定型精神病の男性患者さんであるが、それまで種々の面で家族に迷惑や心配をかけているのに、優しい女性が付き添っている。全く不思議なことである。この夫婦(または独身カップル)は、あまり離婚(別れ)にならない。このケースで離婚になるとしても、相手女性が「愛想をつかして」ということがほとんどない。その男性患者は彼女をそこまで愛しているとは限らないのであるが、まあ優しいし献身的なので「まぁ、いっか」という感じである。このカップルは困難があってもあんがい離婚にならない。だから、この夫婦はある程度、経済的にやっていけるなら、熟年以降でもわりあい幸せそうに見える。また子供たちとの関係も概ね良い。なぜか子供たちも親思いの人たちが多いのである。
ところが、非定型精神病の女性は必ずしもそのような人生にはならない(非定型精神病的性格の女性も含む)。彼女にももちろん優しい男性が付き添っている。しかし、彼女たちは突然離婚することも多いのである(独身なら別れ)。これは彼女たちの潔癖さ、頑固、言い出したら人の話を聞かない性格と関係がある。結局、これらの性格傾向は男性より女性の方がより鮮明なのであろう。
彼女自身も夫が優しいことはわかっている。しかしある時、病状が特別に悪かったり、ある種の相手への嫌悪感が生じた時、ポイッと捨ててしまうのである。僕は、ある日、彼女たちは夫と一緒に生活するのが面倒になるからのような気がしている。彼女たちの離婚の決断は、精神症状が深く支配しているように見えるので僕は離婚に反対することが多い。(相手に大きな欠点がある場合はその限りではない)
精神科医は、精神症状が深く支配していると思える患者さんの決断には反対するものだ。それは大学を退学すること、会社を退職すること、離婚することなどである。
このような時、彼女の両親が離婚を思いとどまるように勧めても、もちろん聞き耳は持たない。彼女たちは白黒つけるのが早いと言うか、無駄に決断力があるのがこのような時は災いする。離婚するパターンとしては、何か相手の欠点が気になることが多いようであるが、特に金銭面のルーズさや相手の浮気などが挙げられる。このようなことは、彼女たちには到底許せないものなのである。
結局、時間が経ってみたら離婚しており、「そして誰もいなくなった」というものも多い。やがて独りで生活しているのもよく見るが、それなりに人生を楽しんでおりしかもさほど後悔もしていない。
彼女たちは決断が早く後悔しない。
このように社会へのかかわり方が統合失調症の人たちとは全く異なるのである。ある時、このような話をまだ若い女性患者さんにしつつ、一緒に考えてみたことがあった。彼女は、「結局、女性は打算的だからではないか」という意見だった。こういう風にサックリと言ってしまうのが「非定型精神病」的性格なのである。こういうのは女性は自分からは言いにくいでしょ。逆にその言葉を僕が言ったとしたら、猛反撃を食らったに違いない。
彼女たちは本来やり手の女性の人が多いので、男性をそういう風な基準で見るところがあると僕は理解した。だいたい彼女たちは、なぜか年下の男性と付き合っていることも良く見る。優しい性格の年下の男性である。彼女たちは基本的に自分主導の恋愛関係を望むのかもしれない。
非定型精神病の女性は優しくされることに弱い。特にうつ状態の時に、男性に優しくされるとすぐにほろっとなる。しかし、彼女の精神状態と相手の男性の精神面の健康度は比例しているので、彼女が急回復してくると相手の心の問題が見えてきて嫌になってくる。つまり彼女の男性を見るメガネは常に変動相場制であり健康時はあんがい普通に相手を観察しているのである。これは上で出てきた「打算的なのかも?」というものにも関係がある。だからこそ、女性の場合、後に別れになりやすいのかもしれない。非定型精神病の男性はそのような感じで女性を捨てきれない。その女性が自分に対し優しく献身的であることを尊重するからであろう。
これは余談だが、このように見ていくと、「男女の別れは女性よりむしろ男性の方が心理的に堪える」という通説がわりあい当たっていることがわかる。特にこのタイプの女性は男性と比べ別れてもずいぶんと立ち直りが早いのである。
離婚しなかった非定型精神病の女性患者さんは歳をとっても幸せである。それは家族の親愛さは夫だけでなく、子供たちとの関係へも受け継がれるからである。
このようなことを思い巡らしていると、あのタマネギと旧ソ連の話は何なんだということになる。このウェールズ生まれの話は、例のタマネギの話と大きく矛盾する。なぜなら、あのエントリではタマネギを剥いていくと、最後に双極2型や非定型精神病が残るように書いているからだ。
ボーダーラインはこのようにタマネギをむいていくと、最後にロシアが残るような気がする。このロシアこそ、おそらく双極2型なのだろう。あるいは、非定型精神病であったり、ひょっとしたら症状性精神疾患(アトピーに伴う精神疾患、SLEによる精神疾患など)ということも十分にありうる。(双極性障害と性的放縦)
結局、非定型精神病とボーダーラインの差は家族のあり方なのだと思う。典型的な親愛なる家族なら、非定型精神病~双極2型に留まるのであろうが、極めて機能不全の家族だと、本来の病像が変容してボーダーラインの病態になってしまうのかもしれない。なぜなら、双極2型や非定型精神病は内因性疾患であり、家族までは選んで生まれて来られないから。こういう風に見ると、タマネギの外側の皮こそ、家族環境などの機能面の問題のなのかもしれない。これは中世にはおそらくボーダーラインは存在していなかったことを考慮してもわかるような気がする。今のボーダーラインが何か他の精神疾患から派生したと考えれば、ちょっと違うように見えてもこれくらいしかない。
よく考えると、ボーダーラインの女性患者さんは、はっきりした性格の人たちが多い。ある意味、「易感性、頑固」なのである。
DSMの診断基準の中で、
①顕著な気分反応性による感情不安定性。
(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)。
②不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難。(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)
これらは、いくらか双極性障害~非定型精神病的な所見と言える。ボーダーラインの人々の治療を進めているうちに、次第に双極2型が見えてくることがあるのは、これら家族の問題が薄れていき、つまり、タマネギの皮がむけて生物学的なものが見通せてくるからかもしれない。
いわゆるボーダーラインカップルの場合、配偶者または恋人は自己愛性人格障害というような指摘がある(参考)。表面的に優しくて献身的である点は似ているが、非定型精神病の女性の夫はもう少し甲斐性があり、はるかに精神面で健康である。少なくとも、僕は非定型精神病の夫を呼んでいろいろ話をした時、自己愛性人格障害であったことがない。男性についても女性側の病理の深さと比例しているように見える(参考)。
だから配偶者、彼氏に関してもボーダーラインと非定型精神病では相違がある。これは家庭環境や生活歴に由来する。ボーダーラインの人も5歳時に既にそうなっているわけではないから。
このように見てくると、非定型精神病はどこにも分類できないようなゴミためのような診断名ではなく、きっちりとしたカテゴリーに入るものであることがわかる。家庭内が機能不全でグチャグチャの人が非定型精神病と診断されたとしても、それは典型的なもの(狭義の非定型精神病)ではないのである。むしろ何なのか判断に困りそう診断されたに近い。非定型精神病は診たことがないとか、とても珍しいなどと言う精神科医はセオリーに沿った考え方をしているといえる。
非定型精神病の女性が夫や彼氏からDVを受けるなんて考えられない。彼女はむしろ他のパーソナリティ障害などを疑うべきである。なぜなら非定型精神病の夫や彼氏はそんなことは到底しそうにないから。
非定型精神病の女性がその男性と付き合いが短い場合、偶然、そのようなDV男であることはありうる。しかしその時、彼女たちはあっという間に男を捨てて家に帰ってくる。なぜなら、彼女たちはそういう不遇な状況に甘んじるような性格ではないからだ。
非定型精神病は心理的なものや身体因で顕在化することはあるが、基本的に内因性疾患であり、家庭内の機能不全や虐待などの長期の心理的な問題で生じるようなものではないのである。
参考
待合室の若い女性患者
(このエントリの後に読んでみると、僕が何を考えて治療をしていたか良くわかります。)
ウェールズ生まれの
家族
3人目の女性患者(その2)
やっぱり母親というのはすごいよ
(ウェールズ生まれの話はこれで終わり)
非定型精神病の性格特徴の「易感性」は謎の日本語である。これをグーグルで調べても、非定型精神病のサイトにしか繋がらないのでどういう意味なのかさっぱりわからない。辞書サイトで検索しても、答えがない語句なのである。易感性というのは、たぶん情緒的に上下のブレが大きいことを言うのであろう。例えば泣き虫だとか。お涙頂戴系の韓国ドラマなどを観るともちろん大変なことになる。彼女(彼)たちは「感動すること」が得意だ。これは精神症状の極期の、著しい幸福感、恍惚と関係が深いように思える。他の感情もそうで、立腹した時、「烈火のごとく怒る」のもこれに関係している。
これらは非定型精神病の人たちが情緒不安定というのともまた少し違う。病状が悪くなるともちろん情緒不安定になるが、彼女(彼)たちは、むしろはっきりした性格で、パーソナリティに1本スジが通っているようにも見える。優柔不断ではないからである。このように非定型精神病の病前性格は、統合失調症の人とはかなり相違がある。
その他、非定型精神病の家族は「親愛なる関係」であることが多い。非定型精神病の家族はお互いに仲がとても良い。家族同士の絆が強く情が厚いのである。これは不思議な特徴である。これは配偶者もそうで、非定型精神病の女性にはたいてい優しいご主人がついていることが多い。もちろん、非定型精神病の男性にも優しい献身的な女性がついている。これは双極性障害の人たちも同じような傾向があり、レビー小体型認知症、パーキンソン病の家族もそれがみられるので、これらは相互に関係が深いのかもしれない。
この「親愛なる関係」であるが、特に面白いと思うのは、非定型精神病の人たちの配偶者や恋人の人柄である。非定型精神病の人たちの配偶者は、とても献身的で優しい人が多い。これはあまり例外がない。この関係も当事者が男性か女性かで微妙に違う。このカップルを考えていきたい。
まず非定型精神病の男性患者さんであるが、それまで種々の面で家族に迷惑や心配をかけているのに、優しい女性が付き添っている。全く不思議なことである。この夫婦(または独身カップル)は、あまり離婚(別れ)にならない。このケースで離婚になるとしても、相手女性が「愛想をつかして」ということがほとんどない。その男性患者は彼女をそこまで愛しているとは限らないのであるが、まあ優しいし献身的なので「まぁ、いっか」という感じである。このカップルは困難があってもあんがい離婚にならない。だから、この夫婦はある程度、経済的にやっていけるなら、熟年以降でもわりあい幸せそうに見える。また子供たちとの関係も概ね良い。なぜか子供たちも親思いの人たちが多いのである。
ところが、非定型精神病の女性は必ずしもそのような人生にはならない(非定型精神病的性格の女性も含む)。彼女にももちろん優しい男性が付き添っている。しかし、彼女たちは突然離婚することも多いのである(独身なら別れ)。これは彼女たちの潔癖さ、頑固、言い出したら人の話を聞かない性格と関係がある。結局、これらの性格傾向は男性より女性の方がより鮮明なのであろう。
彼女自身も夫が優しいことはわかっている。しかしある時、病状が特別に悪かったり、ある種の相手への嫌悪感が生じた時、ポイッと捨ててしまうのである。僕は、ある日、彼女たちは夫と一緒に生活するのが面倒になるからのような気がしている。彼女たちの離婚の決断は、精神症状が深く支配しているように見えるので僕は離婚に反対することが多い。(相手に大きな欠点がある場合はその限りではない)
精神科医は、精神症状が深く支配していると思える患者さんの決断には反対するものだ。それは大学を退学すること、会社を退職すること、離婚することなどである。
このような時、彼女の両親が離婚を思いとどまるように勧めても、もちろん聞き耳は持たない。彼女たちは白黒つけるのが早いと言うか、無駄に決断力があるのがこのような時は災いする。離婚するパターンとしては、何か相手の欠点が気になることが多いようであるが、特に金銭面のルーズさや相手の浮気などが挙げられる。このようなことは、彼女たちには到底許せないものなのである。
結局、時間が経ってみたら離婚しており、「そして誰もいなくなった」というものも多い。やがて独りで生活しているのもよく見るが、それなりに人生を楽しんでおりしかもさほど後悔もしていない。
彼女たちは決断が早く後悔しない。
このように社会へのかかわり方が統合失調症の人たちとは全く異なるのである。ある時、このような話をまだ若い女性患者さんにしつつ、一緒に考えてみたことがあった。彼女は、「結局、女性は打算的だからではないか」という意見だった。こういう風にサックリと言ってしまうのが「非定型精神病」的性格なのである。こういうのは女性は自分からは言いにくいでしょ。逆にその言葉を僕が言ったとしたら、猛反撃を食らったに違いない。
彼女たちは本来やり手の女性の人が多いので、男性をそういう風な基準で見るところがあると僕は理解した。だいたい彼女たちは、なぜか年下の男性と付き合っていることも良く見る。優しい性格の年下の男性である。彼女たちは基本的に自分主導の恋愛関係を望むのかもしれない。
非定型精神病の女性は優しくされることに弱い。特にうつ状態の時に、男性に優しくされるとすぐにほろっとなる。しかし、彼女の精神状態と相手の男性の精神面の健康度は比例しているので、彼女が急回復してくると相手の心の問題が見えてきて嫌になってくる。つまり彼女の男性を見るメガネは常に変動相場制であり健康時はあんがい普通に相手を観察しているのである。これは上で出てきた「打算的なのかも?」というものにも関係がある。だからこそ、女性の場合、後に別れになりやすいのかもしれない。非定型精神病の男性はそのような感じで女性を捨てきれない。その女性が自分に対し優しく献身的であることを尊重するからであろう。
これは余談だが、このように見ていくと、「男女の別れは女性よりむしろ男性の方が心理的に堪える」という通説がわりあい当たっていることがわかる。特にこのタイプの女性は男性と比べ別れてもずいぶんと立ち直りが早いのである。
離婚しなかった非定型精神病の女性患者さんは歳をとっても幸せである。それは家族の親愛さは夫だけでなく、子供たちとの関係へも受け継がれるからである。
このようなことを思い巡らしていると、あのタマネギと旧ソ連の話は何なんだということになる。このウェールズ生まれの話は、例のタマネギの話と大きく矛盾する。なぜなら、あのエントリではタマネギを剥いていくと、最後に双極2型や非定型精神病が残るように書いているからだ。
ボーダーラインはこのようにタマネギをむいていくと、最後にロシアが残るような気がする。このロシアこそ、おそらく双極2型なのだろう。あるいは、非定型精神病であったり、ひょっとしたら症状性精神疾患(アトピーに伴う精神疾患、SLEによる精神疾患など)ということも十分にありうる。(双極性障害と性的放縦)
結局、非定型精神病とボーダーラインの差は家族のあり方なのだと思う。典型的な親愛なる家族なら、非定型精神病~双極2型に留まるのであろうが、極めて機能不全の家族だと、本来の病像が変容してボーダーラインの病態になってしまうのかもしれない。なぜなら、双極2型や非定型精神病は内因性疾患であり、家族までは選んで生まれて来られないから。こういう風に見ると、タマネギの外側の皮こそ、家族環境などの機能面の問題のなのかもしれない。これは中世にはおそらくボーダーラインは存在していなかったことを考慮してもわかるような気がする。今のボーダーラインが何か他の精神疾患から派生したと考えれば、ちょっと違うように見えてもこれくらいしかない。
よく考えると、ボーダーラインの女性患者さんは、はっきりした性格の人たちが多い。ある意味、「易感性、頑固」なのである。
DSMの診断基準の中で、
①顕著な気分反応性による感情不安定性。
(例:通常は2~3時間持続し、2~3日以上持続することはまれな強い気分変調、いらいら、または不安)。
②不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難。(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかをくり返す)
これらは、いくらか双極性障害~非定型精神病的な所見と言える。ボーダーラインの人々の治療を進めているうちに、次第に双極2型が見えてくることがあるのは、これら家族の問題が薄れていき、つまり、タマネギの皮がむけて生物学的なものが見通せてくるからかもしれない。
いわゆるボーダーラインカップルの場合、配偶者または恋人は自己愛性人格障害というような指摘がある(参考)。表面的に優しくて献身的である点は似ているが、非定型精神病の女性の夫はもう少し甲斐性があり、はるかに精神面で健康である。少なくとも、僕は非定型精神病の夫を呼んでいろいろ話をした時、自己愛性人格障害であったことがない。男性についても女性側の病理の深さと比例しているように見える(参考)。
だから配偶者、彼氏に関してもボーダーラインと非定型精神病では相違がある。これは家庭環境や生活歴に由来する。ボーダーラインの人も5歳時に既にそうなっているわけではないから。
このように見てくると、非定型精神病はどこにも分類できないようなゴミためのような診断名ではなく、きっちりとしたカテゴリーに入るものであることがわかる。家庭内が機能不全でグチャグチャの人が非定型精神病と診断されたとしても、それは典型的なもの(狭義の非定型精神病)ではないのである。むしろ何なのか判断に困りそう診断されたに近い。非定型精神病は診たことがないとか、とても珍しいなどと言う精神科医はセオリーに沿った考え方をしているといえる。
非定型精神病の女性が夫や彼氏からDVを受けるなんて考えられない。彼女はむしろ他のパーソナリティ障害などを疑うべきである。なぜなら非定型精神病の夫や彼氏はそんなことは到底しそうにないから。
非定型精神病の女性がその男性と付き合いが短い場合、偶然、そのようなDV男であることはありうる。しかしその時、彼女たちはあっという間に男を捨てて家に帰ってくる。なぜなら、彼女たちはそういう不遇な状況に甘んじるような性格ではないからだ。
非定型精神病は心理的なものや身体因で顕在化することはあるが、基本的に内因性疾患であり、家庭内の機能不全や虐待などの長期の心理的な問題で生じるようなものではないのである。
参考
待合室の若い女性患者
(このエントリの後に読んでみると、僕が何を考えて治療をしていたか良くわかります。)
ウェールズ生まれの
家族
3人目の女性患者(その2)
やっぱり母親というのはすごいよ
(ウェールズ生まれの話はこれで終わり)