そして、そのバスの扉、
や、次の「GATE」をくくったのでした。
バスの中は、本当に空っぽで、
まるで私1人の為だけに用意された空間みたい・・
早速、全身にまとっていた重たい荷物を、背中から肩からおろします。
そして、大切な火と鶴の入ったバックを膝にのせ、雨を拭きながら、
ふかふかの背もたれに体をしずめます。
窓の外は、まだ雨・・
正直、バスに飛び乗ったものの、まだ気持ちの整理がつかなくて、
走り出したバスが揺れるままに、自分の心もまだどこか揺れたままだったのでした。
何も考えらなくて、ただじっと流れゆく外の雨を見つめる。
雨は、まだ止まない。
しばらく、ずっとそんな雨を見つめながら、
今まで今日この日の為に、たくさん歩いてきたことや、
スポーツクラブでたくさん体を鍛えてきた日々を思い出し、
あんなに意気揚々とはりきってがんばれてこれたのに、到達できなかった自分が情けなくて、
気づけば、窓のこちら側でも雨粒がぽろぽろこぼれてくるのでした。
でも、もうそれをぬぐう気力もなくて。
すべてが流れるままに、ただ目をつぶるしかありませんでした。
「私は、歩きたかった」
この、原爆当時は焼け野原で歩けなかったこの町を、
自宅から全部自分の足を使って、ただそこに辿り着きたかった。
そして、そこで原爆の火と、祈りの鶴と、
そして同じように、大切な命や骨を求めてそこに辿り歩きたかったであろう方々の命も、
一緒に本来の居場所に還していきたかった。
少しづつ、体の痛みは取れたとしても、
想いはまだ全然消えてくれなくて・・
ずっと、奇跡のバスの中で自分に問いかけていました。
* * *
そして、内側の雨粒が少し落ち着いてきたころ。
ここで、ふと気がついたのです。
本当に、「ふっ」と・・
もしかしたら、この雨粒は。
この雨粒こそ、今の私、そして過去の自分、
そして「被爆当時、大切な人たちと出会えないないまま亡くなられたすべての方々」に必要な、
浄化の涙なんじゃないかって・・
大切な人たちの命、せめて骨に、みんな辿り着きたかった。
でも、辿り歩けなかった。
それは、自分も被爆で足がやられていたのかもしれないし、
体力がつきたのかもしれないし、地面も焼けていたからかもしれない。
でも、色んな理由があったにしろ、その命に辿り着けなかった自分を、
まずは「許す」こと・・
悔やみきれなくて、無念と責めだけが残されて、まだそこにいる方たち。
本当に、一番大切なのは、そんな自分を「許す」ってことだよ・・![]()
それは、何も自分のせいで起きたわけじゃない。
ただ、どうしようもない状況だったの。
十分、誰もが自分のエネルギーを使いきって、
その大切な人たちの命、骨を求めて、痛いほど叫んでいたの。
例え、声にも足にもならなくても・・
でも、大丈夫。
それだけでも十分、十分にやれることはやった。
だから、もう「そこ」にとどまらないで・・
もう自分を責めるのはやめて、そんな自分を許して、
もう安堵の笑顔で、本来の居場所に還っていいんだよ・・・♪
自分を責め続けるなんて、そんな66年間は苦しすぎる。
そんなこと、相手も望んでやしない。
答えはきっといつでもシンプル。
そして、その想いが本物なら、きっとそれは届いているから・・![]()
だから、まずは自分を許そう・・・?
それがきっとすべてのはじまり。
自分を許せないと、本当の意味で人のことも、人や世の過ちも許しきれない。
「許し」は大きな愛のエネルギー。
これが出来ないと、なぜかどんどん愛の方向から遠ざかってしまうんだ。
だからこれが、平和への第一歩にもなるんだよ。
「自分を許す」
これもりっぱな世界平和への第一歩。
そこに気づけた時、
ふと窓の外を見ると、もう雨はあがっていたのでした・・