しなやかなココロで
輝きの人生を
自分探しが終わった日。
それがいつなのかは
はっきりとはわからない。
でも、2026年に入った頃から
少しずつ変わった気がする。
自分探しが始まったのは
たぶん仕事を始めてから。
「この仕事
合っていない気がする」
とはいえ
他にやりたいことがあるわけでもない。
アロマは好きだったから
メディカルアロマを学べば
どこかで活かせるかもしれない。
そんな風に
頭で考えて行動して
結局途中で辞めてしまった。
当時住んでいた場所は
中心部から離れていて
時間はあっても
特別興味が湧くものがなかった。
今思えば
まだ“反応するもの”に
出会えていなかったんだと思う。
すごく頭で考えていて
出会い方を知らなかったのだ。
職場を変えたら
今度は
「世間の常識」
が押し寄せてきた。
結婚はまだなの?
こういう生活が良いよ。
——そういうやつ。
できる仕事が増えるのは楽しかった。
でも同時に
イライラすることも増えていった。
ある程度先が見えた時
「これをずっと繰り返していくのか」
と思ったら
急に虚無感に襲われて。
やめることにした。
それから
ふらふらしているような生活。
周りからは
お気楽に楽しく過ごしているように
見えていると思う。
でも私の中には
ずっと後ろめたさがあった。
両親への申し訳なさも。
気づいていなかっただけで
「何者かにならなきゃいけない」
「何かを達成しなきゃいけない」
そんな重さを
ずっと抱えていたのかもしれない。
本当は引きこもっていたいのに。
社交的で
交友関係が広い方が良いよね
みたいな価値観を
どこかで握っていたり。
効率が好きで
仕事でも求めていたのに
「効率、効率」
と言う友人に
違和感を覚えるようになっていたり。
自分探しが終わった日。
それは
「やりたいことが見つかった日」
ではなかった。
好きなことで成功したわけでもないし
使命を実感しているわけでもない。
でも
「これが私だよね」
と少し認めて許せた。
周りの仕事ができる人たちを見て
「みんなすごいなぁ」
と思いながらも。
そのペースに巻き込まれずに
自分のリズムを刻むことを
許可できた時だったのかもしれない。
好きなことを
見つけようとしなくなった。
ただ——
コーヒーの焙煎に興味を持ったり
シャツ作りに試行錯誤したり
こうやって記事を書くことは嫌いじゃない
とわかった。
違和感を感じることはしない。
興味の赴くままに動いてみる。
ただ、それだけ。
知識や情報をいくら入れても
よくわからなくて
なんかしっくりこない時期ってある。
そういう時は
難しく考えなくていいのかもしれない。
違和感なく過ごせる日々を
積み重ねていたら
自分の特性が
自然と腑に落ちていく気がする。
そうすると不思議なことに
今まで「難しい」と思っていたことが
じわっとしっくりくるようになっている。
無理に答えを探さなくても
目指す先がなくても、いい。
違和感が少ない方へ。
少し心が動く方へ。
自然と向かう方向を
信じてみてほしい。
その感覚を
大事にしてみる。
案外そこに
自分らしさって
滲み出てくるのかもしれない。
今日も読んでくれてありがとうございました。




