◆孔明先生に開けられない門はない~閉ざされた心の門もなんのその~ | 孔明先生愛☆彡限界炸裂

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孔明先生に人生と情熱、命を賭けて35年。【文魂(あやだま)x古代漢字x剪字】で孔明先生の魅力を現代に炸裂させる文魂剪字師・玄子(げんし)の絶対感ブログ

今日、孔明先生の永眠する武侯墓の方から
新年の挨拶メールを頂き
日本でも春節を満喫する氣満々@玄子です。

何で武侯墓の方と交流をしているのか?
―勇気を出して伝えたいことを伝えたら
心意が伝わったから♪

まさに昨日の孔明先生の文霊そのもの、ですが
昨日の記事
孔明先生ご自身はどう実行されていたのか?

三国志の時代、たまに気になるのが
言葉が通じない時はどうしたんだろう?ってこと。
現代でさえ「四川語は中国の人間でも解らん┐( ̄ヘ ̄)┌」って
いわれるほどだから、ましてや1800年前ってどうなの?って思います。

でも、だからといって天下三分の計を諦めたら
そこで玄徳軍の命運は尽きてしまいます。

張松殿や法正殿の力添えがあって
玄徳殿たちは入蜀することが出来たので
新たな政権を築くに当たり広く人材を募集することに。


↑中国のWEBを放浪していたら目に入った
孔明先生による求人広告。

募集するだけではなく
孔明先生自らが赴いて
招聘することもあったようで
才徳のある人を
次々と推挙していました。

その後、劉禅の代になり
丞相と益州牧を兼任することになった孔明先生は
兼ねてからその才徳の高さを噂されていた
杜微とび(字は国輔)という人物を訪れます。

この杜微って人物は
あまり目立たない存在なので
ちょっとばかし紹介させていただくと

もともとは劉璋に仕えていましたが
病を理由に辞めてしまい
玄徳殿が入蜀を果たしてからも
「耳が聞こえないので」と引き籠る日々を送っていました。

が、相手は半端ない剛直さで知られる
諸葛豊の血を引く孔明先生です。

「耳が聞こえないのでは仕方がない」
なんて諦めません。

孔明先生は
「耳が聞こえないと伺っていますので」と
杜微への敬意、才能の評価と併せて
ともに劉禅陛下を助けましょう!と

筆談で説得し
劉璋、玄徳殿さえも諦めていた
開かずの門をこじ開け
杜微を見事招聘することに成功しましたビックリマーク

その後、能力を活かして内政に励み
蜀の大きな力となった杜微。

そこから先の記載がないのが
陳寿らしいけど←陳寿って何気に
人生履歴の最後を手抜きするよね^^;

陳寿には最後まで書いてもらえなかったけど
孔明先生に敬愛された杜微。
そんな杜微を動かした
孔明先生の基本がこちら!

*:..。o○☆゚・孔明先生の文霊:,。*:..。o○☆

禮の基本は

剛直さと忍耐強さ


゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

【原典】諸葛孔明先生
【心譯】   玄子


孔明先生は杜微に礼を尽くしたからこそ、
杜微は感激して劉禅ってよりは
多分、孔明先生を補佐したのでは、と思いますが

この『禮』の基本って
玄徳殿の三顧の礼が発信源かもしれませんね♪