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見るだけで

心が安らぎます^ ^







本日、急遽映画を観に行きました。
題名は「人魚の眠る家」です。
 
内容は、あまり言わない方がいいかもしれませんが、我が子が亡くなる内容です。
映画の感想は、きっと色々な意見があると思います。
その親の立場と、他人の立場だと意見や感情も違ってくるかもしれません。
とにかくどういう風に思ったかは、言葉では表現しづらいです。
言葉ではなく、感覚で受け止めるといったのが正しい判断かもしれません。
きっと見られたら、言葉で表現しづらいというのを、理解していただけるかもしれません。
 
 
1つ言えるのは、人が生きるという意味についての何かメッセージが含まれているのかもしれません。
私自身が映画を観る時は、単純に遊びに行く感覚でお出かけとして映画を観るといった感じではなく、見せられるといった感覚です。
というのも、今日神様から、あるメッセージが入りました。
とてもシンプルな内容で、頭では分かっていたのですが、さらに「なるほど」と深く受け止めました。
そのメッセージにも関係しているので、その映画を見せられるようになっていたのかな。とも思いました。

お時間のある方は、観に行かれてください。

ドリーム先生のブログより


ドリーム先生のブログで⬆️の映画がご紹介されて、当時見た時は、まだ、我が子を授かる前だったので、割とフラットな気持ちで見れたと思います。


映画の内容は覚えていますが

子供を授かった今は見るのは正直辛く感じます。


当事者の親の立場だと本当に辛いと思います。


実際に先天的な障害で気管切開されている方は多いですが、後天的な要因によるものも、色々と思い出もあり、比べられるものではありませんが辛いですよね。


最近、自分も殆どが高齢者ではありますが、気管切開に至る患者さんを短期間に沢山担当しました。


最近は延命治療を希望されず、気管挿管しないケースが多いので、こんなに短期間に気管切開に至る患者さんを担当したことは今まで、ありませんでした。


呼吸器疾患で、気管挿管、人工呼吸器を装着する場合は、人工呼吸器から離脱困難なケースが殆どなので、声も出せない、食事も取れない状態で、手足を拘束されて(気切カニューレや点滴、経管栄養の管の自己抜去予防の為)、ただ、生かされている状況は、やはり、本人の為になっているとは正直あまり思えませんでした。


ただ、そのようは状況下でも懸命に生きようとされている方もいますし、家族の方の受け入れの為の時間を確保するという意味では必要というか、意義があるのかなとも思います。


意図したものではなかったのですが、私も、育ての親の超高齢の祖母が突然急変した時に、総合病院で蘇生処置を行われて、気管切開されて、意識もはっきりしない状況でしたが2年ほど延命されて、本人はきつかったかもしれませんが、私たち家族は受け入れる為の時間を頂いたなと思いました。


正解はない領域の話で

その状況を

本人、当事者がどう判断するか?

ではありますが


生きる意味は何なのか?


考えさせられますよね。


ただ、とにかく言えることは


衣食住が担保されて

好きなものを食べれて

好きな人に会い

好きな言葉を発し

好きなところに行ける

というのは当たり前のことではなく、メチャクチャ有り難いことであることは間違いありませんので、そのことへの感謝の気持ちは忘れずにいたいと思います。