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見るだけで
心が整います^ ^
それと、つい最近神様に言われた言葉があります。
それは、
「人様に対して、安易に可哀想という言葉を使わないように」
と言われました。
ちょうど小林麻央ちゃんのブログを見ていた時のことですが、ご存知の方も多いと思いますが、乳癌の末期で転移をし、大変厳しい状態です。
食べ物もあまりたくさんは食べれない状況で、限られたものをゆっくり時間をかけてでしか食べられない状況です。
今は自宅に帰り、自宅治療をされています。
鼻にはずっと酸素をしていて、ほとんど寝たきりの状態です。
小さいお子さんが2人いらっしゃいます。
まだ幼い小学生にもなっていない可愛い男の子と女の子がいます。
他人が見ても可愛らしいので、親からすれば、本当に本当に可愛いと思います。
自分も通った道で、幼稚園時代の娘はああだったなとか、幼稚園の行事に行ったなとか、たくさんの思い出があります。
親なら誰しもそうですが、こんな可愛い子たちと、ずっと一緒にいられないことの辛さ、親ならもっともっと成長を見ていきたいですし、そばにいたいですし、絶対に離れたくない、お別れするのは本当に悲しく嫌だと思います。
そのとき私はつい「可哀想だな」と思ったのです。
そしたら神様が
「なぜ可哀想というのだ?
小林麻央さんより、お前の方が寿命が短いかもしれない。
人は皆そうだが、明日、いや何分か後に事故で死ぬかもしれない。
誰も明日、いや何分後生きている保障は何もない。
絶対というものは、この世にない。
あるのは、絶対人は死ぬということだ。
可哀想というのは完全に決めつけで、絶対に自分が小林麻央さんより、長生きすると決めつけている発言である」
と言われました。
確かに大地震で亡くなった人たちのことをニュースで見ていて「この人達可哀想だな、気の毒に」と思った人達が、今度自分が大地震で亡くなったという話も聞いたことがあります。
先のことはわからない。
明日が迎えられるかも、わからない。
だからこそ、今日を精一杯生きる。
それは今この瞬間を精一杯生きる。
目の前にある今を大切にする。
この連続が現実を作り出すのです。
ですから、限られた人生の中での友人も、うわべではなく、真の友を作ってほしいのです。
そういった意味でも、勉強会も次回行こうとか、〇〇も次回行こうとかと、簡単に言うけれど、その次回の時に自分という存在が、この世に生きている保障は全くないのです。
ただ一つ言えるのは、限られている。
限られているというのは、日に日に終わりに近づいているということです。
その意味の深さがわかったら、自分の魂が望むようにしてほしいなと願います。
ドリーム先生のブログより
以前より、未来のことを当たり前のように期待することはなくなったかなと思いますが
最後の⬇️の文、深い部分でしっかりと受け止めて生きていきたいと思います。
『ただ一つ言えるのは、限られている。
限られているというのは、日に日に終わりに近づいているということです。
その意味の深さがわかったら、自分の魂が望むようにしてほしいなと願います。』
