夏羽と田油津姫、神夏磯媛の血を引く者

第15話|神夏磯媛の裔

 
【あらすじ】
 
足仲彦天皇は、神夏磯媛の血を引く夏羽に導かれ、豊前国の長峡行宮へと至る。
かつて大足彦天皇が討伐と統治によって築いたこの地の歴史と、その血を継ぐ一族の存在が語られる。
さらに田油津姫も加わり、一行はこの地を支える山へと案内されることになる。
 
――――――
 
【本文】
 
穴門の豊浦宮に、息長帯姫《おきながたらしひめ》は留まっていました。
 
穏やかな海の光の向こう――
その心は、すでに西へと向いています。
 
 
足仲彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》は、迎えに来た男とともに、船で筑紫へと向かいました。
 
男の名は、夏羽《なつは》。
 
足仲彦天皇の祖父であり先々代の天皇である、大足彦天皇《おおたらしひこのすめらみこちと》。
そして、その大足彦天皇をこの地へ導いた女、神夏磯媛《かんなつそひめ》。
彼らの血を引く者です。
 
 
かつて大足彦天皇が筑紫へ至った折、豊前《とよくにのみちのくち》は荒れていました。
 
この地は土蜘蛛の国。
 
すべてが天皇に背いたわけではありませんが、
鼻垂《はなたり》、耳垂《みみたり》、麻剥《あさはぎ》、土折猪折《つちおりいおり》らは、
人々に狼藉を働き、ヤマト王権に反抗していました。
 
その中で、周防灘を拠点としていた神夏磯媛は、
この乱れを憂えていました。
 
折しも、大足彦天皇が周防に至ります。
 
神夏磯媛はこれを機とし、天皇と力を合わせ、
鼻垂ら四人の首長を討ちました。
 
山を頼みとした者たちは倒れ、
やがて、この地は一つに束ねられます。
 
土蜘蛛の長として立ったのは、神夏磯媛。
 
さらに彼女は、大足彦天皇との間に子を成しました。
 
 
「我らは、その末であることを誇りに思っています」
夏羽は、静かに言いました。
 
今、豊前国を預かるのは、彼です。
その姿には、山と土の気配が宿っていました。
 
 
船は進み、海を渡り、やがて一行は、豊前の地へと入りました。
 
見えてきたのは、長峡宮《ながおのみや》。
大足彦天皇が築いた都が、そこにありました。
足仲彦天皇らは、しばらくそこに滞在することにしました。
 
足仲彦天皇が腰を落ち着けた時、
ひとりの女が姿を現しました。
 
「お待ちしておりました」
 
朗らかな声。
しかしその奥には、静かに光るものが潜んでいます。
 
田油津姫《たぶらつひめ》。
夏羽の妹にして、同じく大足彦天皇と神夏磯媛の系を継ぐ者。
 
「よく参られました、大王《おおきみ》」
 
ゆるやかに頭を下げる仕草は美しく、隙がありません。
その一挙手一投足が、すでに計られているかのようでした。
 
「こちらでゆっくりされて下さい。ここまでの疲れが癒えてから、さらに先に」
夏羽が、静かに言います。
 
田油津姫も、微笑みを崩さぬまま続けました。
「大王にぜひ見て頂きたいものがございます」
 
風が、わずかに変わります。
海の匂いから、土へ。
そして、かすかな火の気配へ。
 
まだ見ぬ何かが、確かにそこにありました。
 
天皇は、先を見据えます。
「明日出発する。案内せよ」
 
静かな声。
しかし、揺るぎのない重みがありました。
 
夏羽と田油津姫は、深く頭を下げます。
 
二人の胸の内には、同じ思いがありました。
 
――この地をもって、次へ。
 
その行く末を、まだ誰も知りませんでした。
 
――――――
 
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回、第16話「香春岳の火」では
 
足仲彦天皇は香春岳にて、鉄を生み出す火と熊鷲の働きを目の当たりにし、この地が国の力となることを確信します。
 
5月19日(火)21時公開予定。
どうぞお楽しみに。