午年🐴

ということで、1月1日から【馬】見神社を参拝しました。

 

馬見神社本殿と狛犬

 

馬見神社

福岡県嘉麻市馬見

(旧:嘉穂郡足白村大字馬見字宮小路)

 

地図を見ても入り口が分からなくて不安だったのだけど、近くに行けば分かりました。

手前には車が数台停められるスペースもあり、安心して停めて、進みます。(ナナメになっているので、バイクだと怖かったと思われる。)

 

馬見神社 鳥居と石碑 福岡県嘉麻市

 

祭神
伊弉諾尊、天津彦火瓊々杵尊、木花咲哉姫命


馬見神社由緒、祭神、祭事、由緒

 

上宮の創立は不詳であるが、三千年前といわれる。

馬見山頂(九八七m)の頂上近く御神所岩の巨岩あり、ここに鎮座。

瓊瓊杵尊は天孫降臨の御神で、日本民族の祖。比類なき神徳をもって尊崇される

 

サムネイル

…何か分かり難い💦
「上宮の創立は不詳」としか言いようがないけど、それだけじゃ味気ないからなんとか捻り出して書いた文章なんだろな。

 

この辺りの記述から「この場所に天孫が降臨した」って書いてあるブログをたびたび見るのだけれど、そう解釈して良いのだろうか。

 

 『福岡県神社誌』には、以下のように記載されているわ。

サムネイル
 

上宮創立年記は不詳と雖も神代より御鎮座せられたり

就中瓊々杵尊は天孫降臨の御神なれば深遠にして比類稀なる旧社なるを以て上下の尊崇も殊に厚く其御神徳は古書に著明也

 

「祭神である瓊々杵尊は、【天孫降臨】で有名な、あの瓊々杵尊のことだよ。」って、ただそれだけの意味かと思われる。

 

馬見神社 鳥居と石灯籠、石段

 

中古仏法隆盛の頃、約一三〇〇年前、鎮西八郎為朝現在の神社(下宮)建立。また神木寺も建つ。

 

(以下、『福岡県神社誌』)

下宮(今の本社)中古仏法盛なる時天下の大社に宮寺を立つ神仏混淆なりし頃

当社にも鎮西八郎為朝公仁平年新宮(下宮)御建立と同時に宮寺を立てられ其寺号を大光寺神木寺と言ふ

 

馬見神社の鳥居と石段

天正前後、武家政治となり、秋月藩主秋月種実公、毎年参拝せられ尊崇を集めた
黒田藩となり嘉麻郡の総社として代々尊崇あり二月八月五昼夜の五穀方策の記念祭を行う。

 

(以下、『福岡県神社誌』)

天正前後は秋月種実公当社を最も尊崇あり

後藩主黒田家祖先より代々尊敬ありて毎年二月八月五昼夜間五穀成就の祈願

或は藩主不例

或は気候不順のときは代参を以て祈願せらる

 

馬見神社の石段と森

 

大正十二年十一月二十四日県社に定めらる 宮司江藤貞利氏

 

(以下、『福岡県神社誌』)

往古より嘉麻郡の惣社なり修繕等は郡中に計り継続せり。
明治六年十一月三日郷社に被定せらる。
大正十二年十一月二十四日県社に被定。

 

馬見神社の石段と灯籠

 

ところで、結構な階段を登る神社でしたので、行くときは多少覚悟の上でご参拝下さい。

 

馬見神社、嘉麻市、狛犬

 

福岡県神社誌によれば神武天皇御東征の時にここに参拝せられ御新馬の足が白い馬で(足白)で馬見の地名が起こったとも言われる

 

とあるけれど、『福岡県神社誌』の馬見神社のところには、そのような記載がなかった。

違う福岡県神社誌があるのか、違う書の間違いか…。

 

と思ったら、別の神社のところに記載があった。

 

日若神社(ひわかじんじゃ)
御縁起、筑前国嘉麻郡多田之神泉者神祖之遺跡而振古之霊場也旧記曰初現諾尊于此地者実人皇第一代神武天皇之時也天皇方欲向中州自日向国到于豊国得珍彦収為嚮導自宇佐島陸路出御于田河之吾勝野祭天祖于兄弟山之中峯矣時会馬見物部裔駒主命聞天皇行幸遠出而奉迎之天皇大喜即跨駒主所献之駿馬幸于筑紫到于其家祭皇祖于馬見山上

 

現代語訳:(前略)天皇は大変喜んで、すぐに駒主命が献上した駿馬に跨り、筑紫に行幸するに至り、駒主命の家に行って皇祖を馬見山の上に祀られた。

 

馬見神社にある「馬見」の扁額

 

また↓のブログによると、『筑前名所図会』には、以下の記載があるらしい。


馬見大明神
古宮は馬見山上にあり。御神域という大岩の辺に石の祠あり。
今の社は山下にあり。
白馬大明神とも申して、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)なり。この神、葦毛の馬を忌むという。
この里に飼うを忌むのみならず、他のところから来ても、村の方で留めて置くという。

 

馬見神社 拝殿内部の様子

 

立派な絵馬が飾られていて、昔から大事にされていた神社であることが伝わってきました♪

 

馬見神社に伝わる絵馬の様子

 

御朱印はなかったので、お守りを頂きました。

馬見神社のお守り、緑色で金色の文字

 

 

 

オマケ

倒木と森の景観

 

社殿近くの階段の下の木がすごかった!

 

倒れた巨木と森の緑

 

おそらく、いったん根っこから倒れて、かなり長いこと垂直よりも若干下向きの角度になって育っていたと思われる。

 

馬見神社の苔むした古木と森の小道

 

木の枝がまるで根のような、幹のような。

幹を支えるようにして地面に向かって伸びている姿に、生命の力強さを感じました。

 

これ以上行くと、支えられずに根本の土ごとごっそり下に落ちてしまうという判断なのでしょうか。

切られているのですが、なおこの体制をキープしているのが、なんかもう意味わからなくてすごいな!と思いました。