斧立八幡神社

大分県中津市三光臼木1695

 

 

道路挟んで向こうには、「日田往還 中津街道」の文字あり。

 

 

斧立八幡神社由緒

祭神 八幡大神(応神天皇)

配祀 手置帆負命・彦狭知命

 
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手置帆負命・彦狭知命って?

 

『日本書紀』では、手置帆負神(タオキホオイノカミ)は、笠を作る「作笠者(カサヌイ)」。彦狹知神(ヒコサチノカミ)は、盾を作る「作盾者(タテヌイ)」とされる神様。

 

『古語拾遺』では2柱で、木を伐採して御殿や笠・矛・盾を作っているわ。

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斧立神社の由来によるとその起源は四十五代聖武天皇の神亀二年(西暦725年)宇佐神宮一之神殿創建のときにこの地で杣始めの式(用材採始めの式)をおこない、宇佐神宮一之宮に祭る八幡大神と同体の神を鎖座せしめたのが始まりという。

これより四年後、天平元年、宇佐神宮二之殿創建の際も杣始の式を行ったと伝えられる。

 

宇佐神宮を造るにあたって、ここで材木を採り始める儀式を行ったわ。

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五十二代嵯峨天皇の弘仁十三年(822)に社殿創建。このとき神示に従い、ほかの二神を合祀したといわれている。

 
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だからそういう、御殿を造った神様を祀っているのね。

 

 

また六十六代一条天皇の長徳二年(996)より宇佐神宮は三十三年ごとに造営されるようになった。

その始の式は由緒に従って必ず当社で行っていると記録されている。

「手斧立八幡宮は宇佐神宮第三殿造営の時、内なる楠の木にて杣始の式もあり、故にここを斧立というとぞ」との記あり

 

今の殿宇は明治六年十二月、臼杵、小袋、土田、佐知、諌山、原口、成恒の各村の寄付により修営され現在に至る。