前回に引き続き雲八幡宮(大分県中津市耶馬溪町宮園407)
千年杉
天延元年(973)、少納言 清原正高がこの地を訪れ、里人たちから雲石のいわれを聴き、境内を用意し御殿をお建てして厳かにお祀りせよと命ぜられ、現在地に御鎮座されました。
その際に境内には神様を長く久しくお守りするための荘厳な森を作る計画から、千年杉は植えられたと考えられています。
大分県に伝わる正高の伝承
三日月の滝
清原正高は、醍醐天皇の孫である小松女院と通じたとして、少納言の官職を解かれて豊後国玖珠郡に左遷された。
天延元年(973年)に玖珠に入った正高は、山田郷の地頭であった矢野検校藤原久兼のもとに留まり、その娘を妻として嫡子・正通(正道とも)を儲けた。
玖珠に伝わる伝承によると、正高を慕う小松女院は当地まで訪ねてきたが、正高に既に妻子がいると知り、三日月の滝に身を投じ、侍女11人もこれに従ったという。
正高は小松女院たちの供養のために、当地に石祠を建て、また、後の正高寺の前身となる寺院を建てたとされる。
そんな正高ゆかりの杉。
残念ながら台風で折れてしまい、今のような姿になっている。
雲八幡宮の御創建当時から御神木として鎮守の森を守ってきた千年杉でしたが、平成16年の猛烈な台風18号によって折れてしまいました。しかしそれまで約1100年もの間、御神木として神様の森をお守りしてきた生命に敬意を表し、千年杉の根を丁寧に掘り上げ家をお建てしました。
天に向かって真っすぐに聳える千年杉の根が如何に踏ん張っていたか、その生きた証をじっくりとご覧ください。
以下オマケ。境内社。








