以前、旧伊藤伝右衛門邸に行った時に前を通りかかって以来、いつか行ってみようと思っていたこちらの神社。
旧伊藤伝右衛門邸に行った時↓
結構日にち経ったなぁ。
でも、地元のあれこれに強く興味を抱く事になるきっかけでもあったな。
一の鳥居は伊藤伝右衛門が寄進したそうな。
階段のところにあったこの家紋が何を指すのか気になったけど、私、家紋に詳しくないから分からない😣
家紋も知ると楽しそうなんだけどなー。
そういいつつ、自分家の家紋が何かも知らないんだけど💨
武将隊の武将の家紋位だね、ある程度ちゃんと知ってるのは。
許斐神社の許斐は「木の実」から来ているとか。
かつてこの辺りを治めていた秋月氏の家臣が「許斐」って名前らしいんだけど、ここの場所の名前が先って事?
嘉穂郡誌や幸袋町誌などによれば、1516(永正13)年の神託・神勅により、荒魂を鎮めるため、領主が木の実生い茂るこの地に社殿を営み、黄金を奉納し、木実権現を祀(まつ)るようになったという。
その後、1573(天正元)年頃、秋月氏の家臣、許斐某が秋月氏方の笠木(笠置)山城の支城の許斐山(木の実山)城にあった木実権現を崇敬し神社を再建したので、いつしか許斐神社と言われるようになったと伝えられている。
筑前国続風土記の「穂波郡の古城・古戦場の項」には「木實山古城」として「秋月氏の端城」とある。
天太玉命・天児屋根命・天鈿女命が祀られているって事になってるみたいだけど、これらは多分、後付けなんだろう。
木をありがたがって祀ったってのが、本当っぽい気がする。
その先にはお馴染み、猿田彦大神や庚申と書かれた石達。
ところで、庚申の申も猿だよね?🐵
よく一緒に置いてあるけど、猿繋がりで?
多分、元々は全然違うものだったけど、猿だから一緒で良いじゃん、みたいな感じかな?
庚申塔は元々道教で、猿田彦は神道らしい。
ヒルコとエビス様の神話を調べるのも楽しいというか、なんというか。
で、それが何でエビス(恵比寿。蛭子とも書く)神になったのかはちょっと分からない。室町時代辺りからそういう話があるらしい。
恵比寿様がヒルコなのか、オオクニヌシなのか、はたまな何なのかはいろんな説があるらしく。
向かったところで、これ以上何もないけども。
何でここに(笑)
ちなみに、おそらくこの場所からいうと最寄りであっただろうスーパーASO (川津店)は、2014年に閉店(移転?)。
左下の「翁」だけ分かる。
拝殿よりも、本殿の方が立派。
耳と角のある龍が柱にかぶりついたみたいな。
猿が果物食べてる?
そしてこっちは、獅子が竹を食べているのかな😆
兎。
おや。こっちのは、角もげた?
猿が果物を抱えている?
これは、麒麟かなぁ。
洋風の椅子らしき物。
梅の家紋といえば前田家(前田利家)もそうだけど、前田家かの家紋の加賀梅鉢ともちょっと違う。
ところで加賀の前田家は菅原道真の子孫と称してたから家紋に梅を使っていたそうな。
こっちに社殿まとめた方が管理が楽とかそういう?
そんな遠くもないと思うけど。
こんな風に、たまに2つセットで書かれてたりするのは何でなんだろ。
ちなみに、須佐神社はスサノオ、貴船神社は水の神であるタカオカミを祀るのだそう。
メインの許斐神社!
強そうな狛犬。
こちらはちょっと愛嬌ある表情。
黄色がかった茶色の、なかなか見ない色合いの建物。
やっぱ「許斐神社」のマークなんだなぁ。
真正面から見た時だけは黄色がかった茶色だけど、あとは朱色。
大通り沿いの鳥居から社殿が全く見えないから全く想像もしてなかったけど、思ってた以上に立派な見応えある神社でした⛩

































































































