Frank Capra’s It’s A Wonderful Life
皆さんにお逢いして、嬉しいやら、懐かしいやらで胸いっぱいでした。
終戦の1945年生まれが『傘壽』を迎えたことは、大変意義深いことだと思います。
日本各地でそれぞれの分野で活躍している姿に、自分の如く誇らしげに思いました。
遠路はるばる駆け付けた県外の皆さん、役員をはじめ地元の皆さん、そう貴男、そして貴女、久しぶりのお前、懐かしい君、そうそう控え目な「あ・な・た」ですよ。本当にありがとう!
どの顔も生きた証が刻まれ、深みが増して味のある顔です。はい、美人さんは美人さんらしく可愛いさを残した趣のあるお顔でした。 一番ビックリしたのが一人一人が自信に満ちた態度、顔。俺は80年生きて来たんだ文句があるか?と味がある。多分、あの笑顔の陰には80年間の人には言えないご苦労、ご努力があったことは想像できます。
「徒然草137段より」
花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向ひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情けふかし。吹きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれけるに、はやく散り過ぎにければ」とも、「障る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるにおとれる事かは。花の散り、月の傾(かたぶ)くを慕ふ習ひは、さる事なれど、ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは言うめる。
万(よろづ)の事も、始め終りこそをかしけれ。男女(おとこおんな)の情(なさけ)も、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとりあかし、遠き雲居を思ひやり、浅茅(あさぢ)が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。
望月のくまなきを千里(ちさと)の外までながめたるよりも、暁近くなりて待ち出でたるが、いと心深う、青みたるやうにて、深き山の杉の梢に見えたる、木の間の影、うちしぐれたる村雲がくれのほど、またなくあはれなり。椎柴(しいしば)・白樫(しらかし)などの濡れぬるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、身にしみて、心あらん友もがなと、都(大船渡)恋しう覚ゆれ。
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上記の徒然草137段「花を見て」のように、誰でも一番輝いている所だけを見せて来ている。人間、誰でも輝くまでに歯を食いしばって来た努力、誰にも言えない苦労があるはず。
例えば、永沢功君の中国での活躍は素晴らしい。他では一番輝いている顔で一番いいお話しても、せめて同級生の前では「うで」を磨くための苦労を聞かせて欲しかった。
そのことで、なお一層素晴らしい輝きを見せたと思う。徒然草の言うところの「なほあはれに情けふかし」でしょうか。参加された他の皆さんも多かれ少なかれ同じような経験・体験があると思う。
それを押して「あれっ、誰だっけ!」「やぁ久しぶり!」「元気だったか?」交わす笑顔に、同じ空のもと、同じ空気で、同じ校舎で、同じ山をみて、同じ夕日を見て、悪だったアイツが、肩を怒らせていたアイツが、同級生っていいな!と暖かいものが漂った傘寿祝い。
実は傘寿祝いに自力でこの席に参加していることが大変すばらしい事なのです。
なぜって、日本人の健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳なので、それを遥かに超えた
79歳で、誰のお世話にもならず、自力で参加できたことがとても素晴らしいことです。
米寿のお祝いにまたお会いするには忠人先生が言っていた運動です。それも散歩が一番です。
1日約5㎞、7,000歩、毎日歩けばほとんどの生活習慣病に良い結果が出ています。
合言葉は「毎日の散歩で米寿に会いましょう!」毎日、毎日の7,000歩が米寿に会うための道のりです。京子さん、マサ子さん、千賀子さん、幸代さん、悦子さん、直子さん、ミチ子さん、栄子さん、トミ子さん、綾子さん、濱子さん、キヌ子さん、祐子さん、多子さん、恵美子さん、順子さん、澄美子さん、和恵さん、米寿にまた会いましょうね!
改めて、素晴らしい同期生、素晴らしい仲間、素晴らしきふるさと、素晴らしき大船渡にありがとう!本当に、皆さんと同期生で良かったと万葉集の1句を紹介。
☆月見て、君思う心は、同じ空に、住む人の、心と知れば。(万葉集)
大船渡を思い出すたび、心が温かくなります。同じ町並み、同じ山、同じ川、同じ夕日、 (だが全く違っていた)。友よ一緒に過ごしたあの日々が、今でも鮮明に蘇ります。
とは言ったものの早めに着いたので、大船渡駅に行ったがここが駅?どこがどこか全く分からない。ならば、目印は須崎橋だろう?「ふう~ん、これが須崎橋??」全く面影がない。 小洒落たショピングセンター、「MAIYA」がある。ホントに、ここが大船渡でしょうか? 目を疑う?これでは浦島太郎状態だ。
「俳句」同じ山 同じ海を 友となりて (松尾芭蕉)
ホントにここが大船渡か、確かめるため加茂神社へ急ぐ?
ぐるりと見回すと大船渡のようだ。セメントの煙突がある風景に少し安堵。海の向いは赤崎の弁天山、セメントの後ろは今出山だ、間違いなく大船渡の風景だ。
でも、どっか少し違う大船渡がある。東日本大震災の爪跡が残るが、大船渡の匂いが漂い、大船渡の風が吹いている。重美君、広太郎君と過ごした大船渡に触れた気がした。
佐々木恵一君がハガキで俳句がどうとか言っていたので、松尾芭蕉にならってオイラも詠んだことのない俳句を詠んでみます。
☆七夕や 先ず黙祷の 同期会 (三浦)
☆待夏や 同窓会の友 忍ぶ (三浦)
☆水無月や 変わり果てた地 忍ぶ (三浦)
おまけ!川柳も一句
☆同窓会あれ 誰だっけ開始時 同窓会馴染みの顔で中締め
◇皆さま、大変お疲れさまでした。役員はじめ関係者の皆様、ありがとうございました。
どんなに楽しい会でも、いつまでも思い出にふけり懐かしんでばかりいてはだめですよ。
これ以上更けないためには、社会活動(井戸端会議)に積極的に参加すること。
なんでも良いので新しいことに挑戦することです。挑戦すると言っても大袈裟な物でなく近所でやっているグランドゴルフに参加するとか、庭の花壇の手入れをするなど何でも良いのです。
私は、実は中・高校時代から「語」「文」のつくものは大嫌いでした。
なんの自慢にもならないが子供の頃、家で全く勉強したことが無い、もちろん宿題もやったことがない。戦後で勉強できる環境でもなかった。その上、小児麻痺で歩けたのが小学校入学直前なので、勉強どころではなく、自由気ままに育だったようだ。
国語、英語、落語、だんご、文学、作文、論文、古文、漢文、菅原文太、すべて大嫌いだ。
未だに読書嫌いで、最低限度、仕事上必要な実用本を読む程度で、ほとんど本らしき本は読んだことがない。
※そんな私が今年に入り『本』を書いている。(新しいことに挑戦)
自叙伝「頑固親爺の生きざま」は 既に出版されていますが、外は予算の関係で待機中。
・子育て「三つ子の魂百まで!」。・教育「大きく大きく飛翔け!」。・回想「浦戸桂島」
・小説「松原の人」(実名、実店、出て来るので編集必要)
◇司会者、反省の弁
傘寿でもあるので、今回はそれぞれの一番大事にして来たこと。一番嬉しかったことを一コマにしてお聞きして、「よくぞ80歳まで生きた」「良く、ここまでがんばったね」とお互いのご苦労をねぎらい、自分がここまで生きて来た『証』を皆で讃え合いと思って計画して来たが役員の方々と打合せが無かったので、1分間スピーチでダブり。唄と踊りに時間を取られ、計画倒れだった。
でも、人生ってこんなもんですよね。自分の思ったように行かないことは80年間味わってきたことです。これもまた人生、ここに集約されました。
まだまだ勉強不足です。もっと勉強して米寿のお祝いに頑張ります。
