◇「オーライ!ニッポン大賞」 「オーライ!ニッポン大賞」は、都市と農山漁村を往来する新たなライフスタイルの普及や定着化を図るため、日本各地で都市と農山漁村の交流を盛んにする活動に積極的に取り組んでいる団体、個人を表彰するものです。その内、個人に贈られる「オーライ!ニッポン ライフスタイル賞」を受賞した。

【ブレークタイム】
はい、「REI君」だよ!
噂によると親爺はエライ酒好きで呑兵衛だそうです。なんでも勤めが終わると一目散に大船渡の飲み屋街に出没し、夜な夜な、呑んでたみたいです。よく電柱に抱き着き大声を出していたらしい。(昔はそんな人居ましたね)
※頑固と言われようが、偏屈と言われようが「変えたらいかんものは、変えたらいかん。」のです。
「頑固」とは、人の話をあまり聞かず、自分の考えに強いこだわりを持っている人のことです。頑固な人は、自分の意見を曲げず、自分の考えに強いこだわりを持っているため、周囲の人とのコミュニケーションが難しくなることがあります。頑固な人に共通する特徴とて、自分の意見を曲げない、意思表示がハッキリしている。協調性がない、自分の過ちを認めない。ぶっきらぼう、新しいものを受け入れない、自分が認めた人には優しいなどがあります。ただし、頑固な人には自分の考えに強いこだわりを持っているため、自分の信念を貫くことができるという長所もあります。
◇何事も「出会い」からすべては出会いからである海も出会いの喜びに 波をたてて押し寄せてくる。その海辺に立っているとわたくしは浦戸に巡り合った喜びを海と共に語りたくなる。ありがとうございます。
こんな波乱万丈があるかと思うほど波乱万丈だ。兎に角、波瀾万丈の連続だが、腐りません。頑張っていれば、何か起こる。
自分のため、人様のため、世のため、きっと奇跡が起こる。
◇ドリームプランプレゼンテーション世界大会(2011.12.10)
於 東京ドームシティホール(2,400名収容)
ドリームプランプレゼンテーション(通称:ドリプラ)とは、オリジナルの音楽と写真を掛け合わせた10分間のショートムービーに乗せて、夢の事業が叶った後の世界と、
なぜそれが自分でないといけないのか(諦めない理由)をプレゼンしてもらう。
感動と共感の体験型プレゼンテーション。
【内容】
・社会貢献度が高い事業であること
・独自の価値・魅力があること
・事業として発展性があること
・実演のための準備ができていること
・発表者の人生観とリンクしていること
・人々をワクワクさせること
◇ドリームプランプレゼンテーション世界大会への挑戦が人生を変えた。
離島、桂島を世の人に認知して貰うために挑戦したドリプラが親爺人生を大きく変えた。あれよあれよ言う間に「感動大賞」となり、ドリプラ仲間の集まりでは、スターのように扱われ何か偉くなったような錯覚に陥った。
本来なら静かに普通の生活していたと思う。2,000名の観衆の前で夢を披露したのだから、その夢に向かって生きなければと桂島に永住することになった。
良かったか悪しかったかは別に桂島で事業を起こし13年間住みついている。
【相互支援会】
プレゼンターになる為には、企画書を作成し、参加費を添えて申し込みして、事前審査を通過したら、以後6ヶ月間にわたる【相互支援会6回】を経て、はじめて前日 の予選会で発表する。
そうです。簡単ではない。その上【相互支援会】がハンパでない。
参加者はプレゼンター、支援パトナー、ドリメン(アドバイザー)、スタッフ、テーマによって講師、総勢4・50名。場所は私の時は品川区天王洲の日本航空本社の会議室で、玄関から歓迎の派手派手の装飾して迎える。何とも物々しい感じだ。
さて、予選会は東京駅前グラントウキョウサウスタワー(㈱リクルート本社)アカデミーホールである。当日のブログで紹介します。
◇いよいよ『ドリプラ世界大会』です。
12月9日、予選会。グラントウキョウサウスタワー(㈱リクルート本社)アカデミーホールで20組のプレゼンターが登壇して行われ、夕方には8組が選ばれる。
そして明日10日、本選。ドームシティーホールで8人によるプレゼンが行われるのだ。
思い起こせば、7月の会津合宿から始まり5カ月間、来る日も来る日も夢について語り自分を見つめながら感動と共感の『夢』を追い求め今日まできた。
泣いても笑っても、集大成のときがきた。
私は、佐々木さんと言う素晴らしいパートナーに恵まれ、シナリオ、映像、音楽(安達さん)とも立派なものが出来上がった。残るは、私が如何にプレゼンするかである。
やれることはやったので、あとは正々堂々と発表したいと思う。
いわゆる俗に言う「人事を尽くして天命を待つ」と言う心境である。
人事を尽くしているかどうか別に、先の結果をどう考えるかで人間の価値、深さを感ずる。
悪い結果を心配して、ただ心を労する。
結果は天に任せて、心を労しない。
良い結果を期待し、ワクワクする。
各県にそれぞれ実行委員会があり、県単位でも行われている。
私はちょっと前、倫理法人会で「浦戸諸島の夢」をスピーチした時、会員の石川さんから、三浦さんにピッタリの会合があるので是非参加してください。と誘われたのがはじまりである。
会議に参加してみると、仙台ドリプラの実行委員会。その場でプレゼンターの三浦さんですと紹介された。話が違うと思ったが、訳が分からないまま2000年10月17日の東北大学、萩ホールでの仙台ドリプラのプレゼンターにされていた。
仙台ドリプラもそれなりに盛会で、内容的には大変良かったと思う。
そこで一緒にプレゼンターだった佐々木さんが「三浦さん、自分がパアトナーを務めるので世界大会に出場しましょう」と言う。
佐々木さんとは縁もゆかりもなく仙台ドリプラが初対面である。
初対面の人に誘われると言うことは、私のプレゼンテーションを評価してくれた結果と受け止めて受けることにした。
そして、本番まで6回の「相互支援会」を実施・体現して「世界大会」に望む。
いよいよ感動と共感の体験型プレゼンテーション本番である。

【当日のブログから】
世界大会が終わりました。
大勢の方との出会い、そして感動をいただき有り難うございました。感動大賞をいただき感謝しています。この賞は震災にたいする皆さんの思いと、同情の結果だと思いますが、素直にいただきます。改めて『ありがとうございます』
私にしてみれば、今まで歩んできた道をそのまま、まとめたもので特別素晴らしい夢を抱き描いたわけではありません。
「心を定め希望をもって歩むならば、必ず道は開けてくる」
自分には自分に与えられた道がある。これが天与の尊い道だと思っている。
どんな道か知らないが、ほかの人には歩めない、この道。広い時もあれば、
狭い時もある。上りもあれば、下りもある。坦々とした時もあれば、かきわけ、かきわけ苦労する時もある。それが私に与えられた道なら、有難く進もう。
※感動大賞受賞は、良きにしろ、悪しきにしろ、親爺の人生を大きく変えた。だって、あの東京ドームシティホールで2,000名以上の人の前で、私はこう生きて行きますと宣言して感動大賞を受賞した言うことは2,000名以上の人と約束したと同じです。生き方を変えることは約束違反です。
だから、浦戸桂島を去ることが出来ないのです。縁もゆかりも無い島で間もなく15年です。ドリプラは、私の人生が大きく大きく変わった出来事だったのです。
◇「全国から、プレゼンの依頼が・・・」
震災で、大きな被害を受けた桂島を全国に知って貰いたいと、私は世界大会前に「仙台ドリプラ」の内容を少し変えて全国行脚した。その最初が、金沢ドリプラだ。
【その時のブログから】
石川県の皆さん、そして北陸地方の皆さん、大震災で石川県に避難されている皆さん、いよいよドリプラ金沢が2日後に成りました。避難されて方はご招待なそうです。ぜひ、ぜひ石川県文教会館にお出で下さい。お待ちして居ります。
ドリプラ金沢でのプレゼンをお引き受けしたのが28日、急遽なので応援支援して下さるのは佐々木さんだけ。その佐々木さんと2回打ち合わせして、私の想いとシナリオ確認しました。その後はメールでヤリトリしながらだが、佐々木さんは東京方面に出張。宿泊先のホテルでパワーポイント、ムービーの制作。こんな強行なスケジュールで制作して居ります。そして明日、夜行バスに乗り込みます。にわか作りですが、被災地仙台から熱い想いだけは伝えます。
◆金沢文教会館での「金沢ドリプラ」無事終了しました。メンターカード1名分をご紹介します。「ふるさと」の調べに乗って、次々と写し出される写真、三浦さんのとつとつした語り、全てが夢の愛ランドの世界を表現していたように思います。
〝夢は津波に流されない〟 〝がれきに花を咲かせよう〟
ずっと、覚えていたい言葉を聴かせて下さり、ありがとうございます。
松島は何度か訪れたご縁のある土地です。
いつか必ずまた遊びにいきます。 Y.N 様より
その後は「ドリームプランプレゼンテーション世界大会」で感動大賞の内容で全国を回らせていただいた。福岡県、茨木県、東京、東京ドーム・シティホール本番、東京都6本木ヒルズ、富山県(2回)、大阪府、茨木県2回目、宮城県石巻市、岩手県遠野市、それぞれにドラマがあり、忘れられない思い出だ。頂いたメンターカードも2,000枚を超える。