おべんと あらため なんとなく?備忘録 -5ページ目

おべんと あらため なんとなく?備忘録

過去記事は下の娘の高校時代のお弁当。
最近は思ったことつれづれと。

相変わらず、タバコを吸いたいので私に買ってきてという父。

たんび「マット焦がしたから危ないからもう吸わないねんで」と言うと

「そやった」

その会話が毎日何度も。

そして たばこ2箱買う のメモが毎日書かれている。

 

申し訳ないけどダメです。

どんだけ頑張ってもタスポが無いので買えません。

 

菓子パンの爆買い、お菓子の爆買い、コロナのこともあるので、

「新型コロナウィルス肺炎にうつると危険なので

 買い物に行ってはダメです」

と大きな字で書いた紙を常にテーブルの上に。

 

が、ダメよなぁ。本能には勝てない。

 

昨日も21:40頃のレシートで近所のスーパーに

カステラ大量、卵ぼうろ、青りんご、何故か婦人用靴下2足組2つ

 

昨日の夕食後、食後のおやつにとチーズケーキを食べたのだけど

そのあと、コーヒーゼリーにおかきを食べ、

それから買いに行って、カステラ大量をほとんど食べきっていた。

 

近所のスーパー。夜中12時まで開いてるんよね。

便利なんやけど、もうコロナのこともあるし、営業時間短くしてほしい。

ちゃう。父がいらんもん買いに行かないように早く閉まってほしい。

 

そして指摘すると、いつもの如く。

「あげるって持ってきはったんや!」

 

そんな訳あらへんやろ。言い訳にもならんわ。

 

指摘されるのは嫌。けど反省もしないし、自分は悪くないを押し通す。

だから昔っから反りが合わなかったんや。

 

と、言っていても仕方ないので、靴下は引き上げ。

 

私は主婦湿疹がひどいので、食器洗いも洗濯するときも干すときも

綿手袋の上にゴム手袋をしているのだけど、

なかなか良くならず、いつも弱い肌用のハンドソープを使っているのだけど、

このコロナのご時世。

普通に買いに行ったら、どこにも売っていず。

 

困ったな。と思ったら、いとこが見つけてくれた。

ので、靴下の嫁入り先は、いとこんちに・・。

ほんとにほんとにありがたや。

 

気が滅入りがちな毎日やけれど、

フェンス向こうの裏の林に毎年生えてきては

おお。あるなぁ。ええなぁ。と思っていたお方が、

今年は我が家の敷地にも生えてきた。

 

蕨!

 

まだ2~3本。

いつかもっと出てきたら、収穫して食べよう!!

 

10日ほど前だろうか、以前から食事中の傾眠が強く、

この日も朝から食べながら箸を落とす、味噌汁椀を傾けてこぼす、

テーブルの天板の模様をおかずと間違えて、箸でつかもうとする。が

ずっとだった。

 

声をかけると「起きてるわっ!!」と怒鳴り、

黙るとこっくりこっくりし、食事だけで1時間かかるというね。

 

そんな日のお昼ご飯の準備に行ったら、

とうとう恐れていたことが・・。

 

いつもたばこは台所の流しの前に椅子を置き、

流し台の上の水入りの灰皿に捨てていたのだけれど、

吸ったまま、うたた寝してしまったらしい。

 

床のマットに、くっきりたばこの焦げ跡。

 

火事にならなくて本当に良かった。

そして本人は当然焦がしたことも忘れている。

 

夕方、晩御飯の準備に行くと、今度はこの焦げたマットが

流し台の中に

 

もう上のものも、下のものも判断がついていない。

 

今回は幸いにもマットが焦げたくらいで済んで良かったが、

古い木造の家。

火がついたら一気に燃え上がるだろう。

ご近所への類焼も簡単に想像がつく。

 

と、いうことで、本人には悪いが、

タバコ・ライター・タスポ・灰皿を片付け、

タスポが入っていた財布のポケットには

「たばこは買えません」

のメモを入れた。

 

それでも本人は買い物メモに毎回、タバコと書いている。

近所のスーパーは外の自販機でしか販売していないので、

どう考えても買えはしないのだけれど・・。

 

そしてメモを書いてはいるものの、

書いたことも忘れてるし、出かけることはほぼ無いのだけれど。

 

それでも、もっと「たばこ」「たばこ」と言うかと思ったら

やっぱり忘れてる時間のほうが多いのか、

私に、たばこのことはたまにしか聞いてこない。

 

「うんうん。また買ってくるわ~」とか

「探しとくわ~」で、なんとかごまかせている。

 

とにかくご近所さんに迷惑だけはかけたくないしね。

 

本当にたばこが苦手だった私には、

灰皿掃除や、吸っているときやそのあとの髪の毛にまとわりつく臭いから

解放され、ダブルでほっとした。

父、80うん回目の誕生日を無事迎えました。

 

ここのところ、曜日を問わず(問えないわな)夜中や朝5時台の電話が多く、

主人が休みの日は、私もやけれど、主人もびっくりして起きてしまうことになり

申し訳なく、本当に主人に申し訳なく・・。

 

ケアマネさんに相談したところ、ショートステイの日数を延ばしてみましょうか?

とのことで、3月初めから9日間ほど預かってもらった。

 

1日3回、ずっと気を張り詰めて父宅へ行っていたのが、

私もかなり身体がしんどかったのだと再認識。

いや、もしかしたら自分自身の加齢からくる疲れかもしれない。

 

そんな8日の日曜昼。

下弟から不機嫌な声で電話がかかってきた。

「10日にうちの子供らと一緒に親父の誕生日祝おうと思ってるけど

 まさか預けてないやろな」

 

突然キツイ言い方をされると、頭が真っ白になるよね。

「いや、今預かってもらってるけど」

が、精一杯の回答。

「ほなええわ」

で、ブチっと切られた。

 

えっと、お父さんがキミと会ったのは今年の元旦で、

それ以来、一度もお父さんに連絡入れて来てないよな。

2か月と8日、一度も電話すらしてきてないよな。

当然、顔を見せにも来てないし、私に丸投げして放置状態よね。

 

電話を切ってから、ふつふつと怒りがこみあがる。

何にもしてない人に、なんで上から目線で言われなあかんねん。

という、この感情がおかしいのか、おかしくないのかすら

最近の私は分からなくなっている。

 

コロナが流行ってるのに預けやがって。という非難の意味なんだろうか。

私悪いことしてるんやろか。

 

主人と帰省していた上の娘に電話内容を話すと

「なんやそれ? 何もしてないのに?」

そうやんな。私が悪いんちゃうよな?と少し溜飲が下がった。

 

そして誕生日当日は、当然のことながら、

去年の元旦以来連絡を入れてきたことのない上弟からは連絡無く、

「預けてへんやろな」と上から目線で言葉を投げつけた下弟も

父へ連絡することも無く、顔を見に来ることも無く・・。

 

と、いうことで、最近は会話も意味不明なことが多い父だが、

とりあえず好きそうなものを食べに連れていこうと思い、

「お父さん、誕生日のお祝いにステーキ・王将・カレー どれを食べたい?」

と聞いたら、おお。ここは記憶に残ったらしく

「ステーキ食べたい!」

ということで、お昼ご飯をブロンコビリーに連れていって食べてきた。

 

しっかり食べきって、食後のコーヒーゼリーも完食。

そして晩御飯の後にも、父の好物のショートケーキに

お誕生日プレートをのせてもらったのを準備してたので、

出したところ、これも完食。

 

しっかり食べるから脳以外は元気ねww

 

で、誕生日翌日にはステーキを食べに行ったことも忘れ。

「もう何年も白い三角形のケーキ食べたことないし、

 たまには食べたいわ」

いえいえ、昨夜食べましたがww

うっすらショートケーキの記憶が残っていたか?

 

そんなこんなの父の誕生日でした。

まぁもう平均寿命も越したしね。

ほどほど好きなように食べてもらいましょう。

 

そして暖冬のせいで父宅の庭はいつもより早く

春の花が咲き始めた。

馬酔木(あせび) 馬が食べると酔うらしい

 

木蓮

 

ユキヤナギ

 

我が家の玄関先にも、富山から連れて帰ってきたブルーベリーは

あかんようになったけど、その土に紛れてた土筆だけは出てきた

あったこなるまで、もうちょっとやね。

暇を見てはマスクをちょこちょこと作っています。

 

最初の手縫いは生地が厚いため、

縫い針が通りにくかったりで3枚ほどでギブアップ。

 

次にゴム通しを両面テープで留めてみたら、

ひだ部分がビラビラしてなんだか不細工。

 

その次にマスキングテープで留めてみたら、

肌の弱い私は擦れてカサカサに。

なんで頑丈に出来てへんねん。肌。

 

そしてミシンを出してきた。

これも久しぶり過ぎて、ボビン動かず。

分解して油をさしたら、ようやく動き出す。

 

が、なにぶん不織布を重ねに重ねているので、針が進まず。

ああ、そうか。厚い布用のミシン針じゃないんや。

 

と、母が残した洋裁道具をごそごそ探ってみると、

おおお。あるやん。厚い布用のミシン針。

 

そして80センチを測るのに、

30センチ物差し3回使って測るのがめんどくさく、

これまた実家に見に行ったら、1mは無かったけれど、

50センチの竹差しが残ってた。

これで作業効率がすごく上がった。

竹で出来た物差しって、レトロもレトロな雰囲気やけど。

ばっちり働いてくれたわ。

 

ミシン針も竹差しも30数年ぶりに活躍。

空の上の母も、まさかこんなところで役に立ってるとは思わないだろう。

 

で、私自身が少しでも何かのお役に立てるとしたら・・。

と、いうことで今日は献血400mlと牛乳購入。

普段は豆乳やけど、しばらく牛乳にしようと思います。

 

あと、何が出来るかな?

 

 

 

新型コロナウイルスに花粉症。
ストックしていたマスクはラスト1箱に入ってしまった。

 

そんな時、マスクと同じ不織布が100均に売られてて、

手縫いで出来るというブログが!!

 

作り方に興味のある方は、

 ダイソー園芸コーナーの不織布で作るマスク。

で、検索してみてください。

とても丁寧に説明されてました!!

 

ダイソーのガーデニングコーナーで不織布と、ゴムを買ってきた。

鼻の形に合わせる針金は、家にあった植物の茎を支柱にとめる針金を利用してみる。

 

 

手縫いなので雑でも大丈夫。

 

 

こんな感じで出来上がった。

 

 

針金を入れたので、顔の形にフィットしやすい。

 

不織布1袋で40枚弱は出来るはず。

作る時間は必要やけど、すごくコスパは良いし、ありがたい!!

にゃんにゃんにゃんで猫の日なんですね。
そんなわけで猫の話し。

16年前、野良で我が家にたどり着いた子は8年前亡くなりました。

ちゃとのママのちゃとは猫の名前です。
 

呼ぶと返事して、トトトトと走って来るし、

仕事中は膝の上に乗って寝てるし、

テーブルや椅子には登らない。

台所やゴミ箱、寝室には近づかない。と、ほんとに良い子でした。

 

 

ウサギさんの調子が悪いときは、心配してケージの前に陣取り、

今わの際にはひたすらなめてあげるというね。

ウサギさんのほうが強くて、さんざんひっかかれてたのにね。

ほんとに思い出深い子です。

 

ウサギさんたちも、ちゃと君も犬のはなちゃんも空に昇り

夫婦二人の生活になって、3年弱。

 

そんな2か月ほど前から、

隙を見ては、パソコン画面に主人が猫画像を表示する。

いや、正式には里親を待つ猫たちを順番に表示させている。

 

飼いたいそうです。

「ほら~。気持ちがやさぐれてる時に、

 にゃんこがくっついて甘えてくれると癒されるやろ~」

 

猫は可愛いよ。可愛いのは知ってる。

 

けど、今の私はもう自宅の家事と自分の仕事と父の介護でいっぱいいっぱい。

その上、猫の世話まで無理。

少なくとも、トイレ掃除は全部やってくれないと無理。

と話す。

 

「やるやる!トイレ掃除やるやる!」

これ、絶対やらへんヤツやww

 

子供が

「犬飼って~!!ちゃんと毎日散歩する~!!」

って言って、数日で興味無くすのん!!

構うけど、世話はめんどくさがるのんね(笑)

 

そして今から子猫を育てるのは無理!どっちが先に逝くかわからんから、

飼うとしても、おじいちゃん猫、おばあちゃん猫の成猫になるで。

と、言っても

「いいよ!いいよ!」

 

仮にいずれ孫が出来たとして、猫アレルギーやったらどうするん?

去年みたいに夫婦順番に肺炎になって、面倒見る人がいなくなったらどうするん?

いやほんまにいろいろと考える歳になってきたのよ。

 

さて、この攻防はどうなるか。

猫に癒される以上に、

世話する時間的・精神的余裕が自分にあるように思えないねん。

 

今朝も父は寝室のポータブルトイレにセットしてあるバケツを取り出して、

中の水を床にぶちまけ、ティッシュ1枚で拭こうと・・。

お小水が入ってないだけラッキーやった。

 

そんな訳で、父宅でイレギュラーでいろんな対応やら掃除をし、

ぐったり帰宅して、猫に何かされてたら、

もう可愛いなんて思う余裕は無いんじゃなかろうか?

と思うこと多々。

 

もうしばらく抵抗してみようww

 

父の昼夜逆転や、時間関係なく電話連絡してくるのも、

驚かなくなったと言えば、驚かなくなった。

 

そして朝食中にうたた寝する傾眠も3日に1回と

かなり頻発しているほうなのだと思う。

昼間も私がいない時は、ほぼほぼうたた寝状態やと思われる。

 

今までは食べている間に、洗濯を回したり、

ゴミを準備したり、布団を整えたり、庭掃除したりと、

その時間を使って、別作業をしていたのだけれど、

味噌汁椀をほぼ満タンの状態で手から落として

全部ひっくり返すことが続き、

とうとう食べている間は隣で見ながら声かけするしかなくなった。

 

傾眠以外にも、あちこちのスイッチを触っては

「壊れた!!僕はちゃんと使ってるのに、売った店にクレーム入れる!」

と都度都度、電話を入れてくる。

(そこの理論回路はあるんや・・)

 

ガスコンロのロックをかけ

「火がつかない」

電子ピアノの音量をゼロにし

「ピアノが壊れた」

 

何度、説明しても、もう覚えられないよね。

毎回

「そんな説明、売ったお店から聞いたことない。僕はちゃんとやってる!」

(いやだから、人のせいにして何の意味がある?)

 

父のショートステイのお泊りは、

私がのっぴきならない用事で、

2食以上様子を見に行けない時だけお願いするようにしていたけれど、

ここにきて、身体のだるさ。

 

そして、今まで就寝したら朝だったのが、

電話がかかってこようが、かかってこまいが、

何度も何度も夜中に目が覚めるようになってしまい、

睡眠不足からと思われる頭痛や眩暈、

後頭部が冷えるような感覚が続く状態になった。

 

いや、一つは更年期障害だということもはっきりしているのだけれど。

 

主人も、

「もうちょっと預かってもらう日数増やせそうやったらお願いしたら?」

と、常日頃から言ってはくれていたものの、

こんなことくらいで日数増やしていいのか?

まだまだもっと大変な家はたくさんあるんじゃないか?

なんたって要介護1と一番軽いではないか?

と、葛藤もあり、ここまで来た。

 

が、今日、とうとうケアマネさんに、自分の体調も少しおかしいこと。

主人も父の時間関係ない電話によって睡眠不足に巻き込んでいることを話し、

土日を挟んで、もう少し預ける回数を増やすお願いをしてもいいのだろうか?

と、相談してみた。

 

すぐに動いて下さり、次回も日数を延ばしてもらい、

「これから先は、月2回くらい土日はさんで預けはったらどうですか?

 無理は一番あきませんよ」

と、対応してくださった。

 

ありがたい。本当にありがたい。

しかし、自ら電話したにも関わらず、これで良かったのか?

と、思う自分もまだいる。

 

きっと父はショートステイ先で帰りたいとごねるだろう。

職員の方々を困らせるだろう。

 

帰ってきたら、本当にいろいろと手を尽くしてくださってる

職員の方々や施設のことを、また悪く言うだろう。

 

何も自分で出来ないのに

「全部自分でちゃんとやれるから、行く必要なんてない」

と、私に怒鳴るだろう。

 

全く世話はしていないが、弟たちが知ったら

「親父は家に居たがってるのに、嫌がってるのに

 お姉は楽をするために預けよった」

と、口には出さなくとも、心の中で批判されるのではないか?

とか、余計なことばかり考えてしまう。

 

私はいったい何に?誰に?びびっているのだろう?

誰の目を気にしているのだろう?

なんで預けることに罪悪感を持つのだろう。

 

以前、ここに書いたことがあると思うけれど、

母が癌で3年闘病し、逝ってしまうまでの間、

父は一人になる自分が可哀そうで、

母の見舞いには片手で余るほどしか来なかった。

 

弟たちも10代と若く、気も回らなかったのと、

当時は病院着も無い時代だったので、

母の洗濯物も全て私がやった。

それでも後悔が残るばかりだった。

 

倒れるとか入院するくらいまでやらないと

自分自身が後悔すると思っているのは確か。

が、それがやれた20代の私でもない。

 

まぁ天地がひっくり返っても

「ええよ~!ショートステイに行ってくるわ~!」

とは言わないわな。

そこは諦めなしゃあない。

 

 

2年前に植えた台湾レモンが初めて7つ実をつけた。

完熟かなと思うまで我慢していたら、この種類の特徴なのか?

それとも完熟だからなのか、レモンとミカンの間くらいの爽やかな甘さだった。

 

そして、お隣のちびっ子ちゃんたちに1つずつ収穫してもらって、

プレゼント。

 

本当にありがたいことで、幸せなことやけど、

実家含め、今まで暮らしたところ、全てのご近所さんに恵まれている。

友達にも恵まれている。

親戚にも恵まれている。

子供たちもちゃんと自立して頑張ってくれている。

 

父からはいらんことばっかり言われるけれど、

弟たちは全く父の様子も聞いてこないけれど、

実家の周りの皆さんも、私の顔を見るといつも声をかけて、

励ましてくださる。

 

しんどいこともあるけれど、幸せなこともいっぱいある。

そういっぱいある。

うん。平日はね、5時起きやから全然構わないんよ。

そやけど土日はね。さすがに主人も疲れて寝ているわけですよ。

そんな今朝は5:50に着電。

 

「四角い箱からおっさんやおばはんや豚が出てくるのに、消えへんのや!!

 あいつらは何をしてるんや?こっちになんか文句があるんか?

 気持ち悪い。全然消えへん!!」

 

ああ、またリモコンの存在を忘れている。

そしてテレビの中と現実が、ごっちゃになっている。

 

寝るときに一人が不安なのか、一晩中テレビをつけて寝る癖が

もうずっとずっと何年もになっているのは知っていた。

 

「ベッドのところに銀色のリモコンが置いてあって、

 左上の赤い丸いボタンを押したら消えるから」

 

「そんなもん、見たことも触ったこともない。

 やったことのないことなんか出来ひん」

 

そして会話中にピッピピッピと雑音が入り

「これか?」

という言葉。

 

「ちゃうちゃう。今、電話の子機のボタン押してるだけやわ」

 

はい。着替えて6:10には実家へ。

はい。枕元に自分でリモコン置いてますよね。

 

かなりの激務で睡眠もなかなか取れない主人には申し訳ない限り。

それでも嫌な顔一つせず、「大丈夫か?気つけて行ってきぃや」

と、送り出してくれる。

 

本当に感謝しかない。

 

そして父に

「さすがにな、日曜の朝5:50から電話かけてきて

 私ら寝てるのに起こされるのは、ちょっと大変やわ」

と、言うと

「そんなん知らん!知らんヤツが出てくるのが悪い!」

 

そうよなぁ。謝る人じゃないよなぁ。

そやったそやった。

 

今日は早く寝よう。

そんな私の癒しは

 

うちの梅が咲いた!!

 

漫画大人買いした!!

 

大石神社(京都市山科区)で花子ちゃんに会ってきた!!

花子ちゃん、なでなでさせてくれて、めちゃくちゃ可愛かった♪♪

ご機嫌というか、物事を逆算して時短を考えるのが楽しいです。

洗濯~衣類収納~衣類取り出し で考えると

 

洗濯物を人別・種類別にネットに入れる。

ネットもすぐに見分けがつけられるよう種類を変える。

 

洗濯後、籠には最後に干すものを一番下にネットから出し、

一番上に最初に干すものが来るように入れる。

 

引出に片づける順番に人ごとにパジャマ・肌着・上着の順で干す。

タオルも引出に片付ける順で干す。

 

そうすると、干している順番に畳み、畳んだ順番に片付けと、

サクサク出来ることが、とにかく楽しい。

片づけも手前から着る・使う順番になるよう、一番奥へ入れて、

少しでも長持ちするようにローリングの整理をするのが楽しい。

 

そういう今朝も7時過ぎに父から電話。

すぐに来てほしいという。

 

既に洗濯物は片づけ終わって、今朝の分を洗い始めていたから、

すぐに父宅へ行ったら、もう何回目かな。昼夜逆転で

「今からどっか晩御飯食べに行こう!」

 

こうなると、もう父の脳は夜モードに入っているから

なかなか元に戻らない。

 

何度も「今から晩御飯と違うんか?」「食べに行かへんのか?」

を繰り返す。

 

テレビをつけていたので、

「ほら、いつものNHKやろ?画面にちゃんと おはよう日本 って書いてあるやろ?

 今は朝の7時20分やからな。これからお昼になっていくからな」

と、見せてもダメ。

 

修正出来るものでもないので、とにかく身の回りの世話や食事の後片付け、

ゴミ出しなどルーチンが終わったところで一旦帰宅した。

うん。修正出来るものじゃない。

 

なかなかね。いろんな症状が出てくるよね。

 

煮詰まらないように、

大げさではないけれど、いつもと違うことをやってみるのも

自分のご機嫌を取るのに良いね。

 

無農薬レモンを貰ったので、塩レモンを作った。

1週間ほどで出来上がるかな?

 

今朝は父宅の金木犀にいつも遊びに来ているメジロが

至近距離に私がいるのに、飛び立たずに歌を歌ってたのでパチリとね。

 

 

先日、11日のNHKスペシャルは
『認知症の第一人者が認知症になった』という題名で、

父も受けた、長谷川式スケールという認知症テストの発案者である

長谷川和夫先生が自ら認知症になられ、

一昨年から去年にかけての様子が放送されていた。

 

その中で、先生が

「確かなのか不確かなのかがはっきり分からない」

というような内容を話しておられたが、

それを父に当てはめれば、まさに重なる。と思った。

 

記憶が出てきたり、消えたり、何かを伝えたいのだろうが、

ここのところは父から話しかけられても、主語が出てこないので、

一生懸命、こちらが想像して言葉に出してみるものの、

それが父の思っていたことと違うとイライラされる。

 

すぐにイライラされて、イライラし返していたけれど、

それでも何かを伝えたいのだろうし、そういうことだったのかと分かると、

少し自分の気持ちに余裕が出来る気がした。

 

そして、先生自ら現役時代は、ご家族の休憩のためにも

認知症の患者さんはデイサービスやショートステイに

行って頂く時間を作りましょう。

と、言っておられたが、いざ自らが行かれると、

話す相手もいない。自分の家じゃない。だから面白くない。

家に帰りたい。と、おっしゃっていた。

 

まぁ男の人だし、見ず知らずの誰とでも

ぺちゃくちゃ、おしゃべりしないよね。

 

まさにうちも同じだな。と、思いつつ、

でもやっぱりずっとずっと続けての介護はしんどい。

ちょっと離れることで、少し一息入れられ、

仕切り直しの気持ちが自分自身にも出来るので、

さぁ、また頑張ろう。と思える。

 

そういう頑張ろうという気持ち。

 

そういう反面、

なんで一人っ子じゃない私が全て一人で引き受けさせられてるんや?

という気持ち。

 

いやいや、自分がやらなあかんと思ってるからやるんでしょ?

という気持ち。

 

昔なんてショートステイもデイサービスも無いから、お嫁さんや娘さんが

休憩も無く全部しょってはったはず。まだまだ自分は甘い。という気持ち。

 

やってもやっても父は下の弟のほうが可愛い発言を繰り返して萎える気持ち。

 

挙句の果てに下の弟の名前で呼ばれて余計に萎えた気持ち。

 

もうあっちこっちに気持ちが振られるから、

自分でもだんだん振られてるんか、自ら自分の気持ちを振ってるんか

分からんようになってきて、ときどき自分に「どうどうどう」と気持ちを鎮める

言葉をかけるようになってきた。

 

それでちょっと、振れ幅が狭くなってきた気がする。

「どうどうどう」魔法の言葉ww 馬か?私は・・。

 

けどお父さんも大変やろね。自分の思いと違うことさせられてるしね。

お父さんも、もうちょっと頑張って。