こんにちは。
薮内(やぶうち)ゆかりです。
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◎家族のこころのコーチング講座
9/5(日)10:00~17:00
石川県女性センター
◎子どものこころのコーチング講座
①対面
6/14・7/12コースは満席→増席1
子どもと同じ空間にいたくない。
顔も見たくない。
そんなふうに思ってしまう日ってありませんか。
私はあります。
もちろん、普段からずっとそう思っているわけじゃありません。
でも、どうしても話したくない日。
距離を置きたい日が、あります。
親なんだから。
ちゃんと受け止めなきゃ。
話を聞かなきゃ。
そう思う一方で、今は無理。
そんな日もありますよね。
先日、三男のことで心臓がバクバクする出来事がありました。
なんと、朝学校に行ったと思ってたら行っておらず、一時的に行方が分からなくなったんです。
長男もそういうことがありましたが、三男は初めてでした。
無事だったから今はこうして笑い話として書けるのですがね。
その日は心配や怒りや罪悪感が一気に押し寄せてきて、感情がぐっちゃぐちゃ。
やっと見つかってホッと安堵したはずなのに、今度は大きな怒りが湧いてくる。
親って複雑ですね。
安心したいのか怒りたいのか、自分でもよく分からなくなるくらい。
心配・不安・焦り・恐怖。
怒りは、そういう感情がたくさんあったからこそ出てきたのでしょうね。
ところが見つかった後、話を聞きたかったのに肝心の本人はほとんど話してくれませんでした。
何があったのか。
何を考えていたのか。
聞きたいことは山ほどあるのに、話さない。
「だって怒るもん」
しか言ってくれなくて、余計にカーッとしました。
正直に言うと、問い詰めたくなったくらい。
でも、そのときの私自身も、聞ける状態ですらなかったんですよね。
事情は知りたい。
でも口を開けば責める言葉しか出てこない。
誰のせいで…!!
どんだけ心配したと思って…!!
もう勘弁して…!!
そんな状態だったんです。
そういえば、長男が不登校だった頃も似たようなことがありました。
娘をこども園に送ったあと、そのまま家に帰りたくなくて。
コンビニの駐車場で時間をつぶしていたことが何度かあります。
家に帰れば長男がいて一人になれないことが無性に苦しくて。
その日は帰りたくなかった。
一人になりたかった。
優しくできる気がしなかった。
「いつまでこの生活が続くの?」
と嘆いていた日々でした。
当時の私は、子どもの苦しさにも寄り添わず顔も見たくないだなんて、そんな自分をひどい母親だなぁと思うこともあったんですよねぇ…。
子どもと距離を取りたいだなんて、親失格…まではいかなくとも、なんて母親なんだと罪悪感。
自分を責める言葉は、瞬時に自動で出てきてしまうものでした。
でも今は少しだけ、違う見方をしています。
コーチングを学んでいるので、
「聞くことが大事」
という話はよくしますがね。
聞くって、いつも隣に座って情報を聞くことだけじゃないんです。
聞けないほど感情があふれているとき。
口を開けば責める言葉しか出てこないとき。
子どもの話が聞くに堪えないとき。
そんなときは、
「今は聞けない、落ち着いたら話をしよう」
と認めて少し離れることも、共感の一つ。
それもまた、後で聞くための準備なんじゃないかと思うのです。
無理に近づいて怒りをぶつける・ぶつけられるより。
相手を話させよう・変えようと必死になるより。
まずは自分の気持ちを整える。
母親だからって、いつも聞けるわけじゃないもんね。
いつもいつでも受け止められるわけじゃない。
同じ空間にいたくない日だってある。
聞けないときは、自分のこころの声を聴くとき。
怒っている人は、困ってる人。
私の場合は、
「もう振り回されたくない」
「少し休みたい(何も考えたくない)」
「恥ずかしい…」
そんな声がありましたね。
そんな日は、自分を責める言葉も湧いては来るけど、自分のこころの声を聴いてあげることができるんです。
反応してしまう、イライラする私のこころの声を。
もちろん、離れたって怒りがすぐ消えるわけじゃありません。
今回だって、くっそーーー!と思いました(笑)
でも、離れたからこそ後でまた向き合うことができました。
だから聞けないときに聞けないと認めて離れることも、私は
『聞く』
の一つだと思っています。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
薮内 ゆかり
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