近藤沙織です。
引き続き、【私のライフ・ストーリー】をお楽しみ下さい。
【近藤沙織のライフ・ストーリー】
とても、くだけた人なのだ。
初めましての時から、
何とも明るく接してくれて、
ほんのちょっとのひとり言も、
ちゃんとキャッチしてくれて、
彼女の周りはいつも、笑いに満ちていて、
でも、なんだろう、
彼女の中へ踏み入っていくと、
ぎりぎりのところで、
最後のドアが開かない。
笑って話して、それでお別れなら、
何のさしつかえもないのである。
でも私は、彼女の明るさに惚れてしまっている。
このインタビューだって、弾みに弾んで、
実は3時間超えである。
ほんとうの言葉を聞きたい。
これは、近藤沙織さんのこれまでの人生と、
そしてそれに迫る取材者の、対話の記録だ。
(取材・文:小川志津子)
◆抗わず、やってみる。
「就職は、大変でしたよ。
超氷河期と言われた頃の、
私立文系女子だから」
200社に資料請求し、
100社にエントリーして、
30社、面接までたどり着き、
内定は2つ。
……なんだ。
取れてるじゃん。内定。
「そう。取れた(笑)」
内定が取れた2社とも、
製薬会社のMR(医薬情報担当者)の仕事だった。
担当する医薬品の売り買いや使用法について、
お医者さんと密接にやりとりするお仕事。
「最初は大変でしたね。
同期には薬学出身の子もいれば、
薬剤師免許を持ってる子もいる状態で、
みんな一斉に『よーいドン』だから」
入社すると、まず研修合宿が待っていた。
それもなんと、2〜3ヶ月に渡って。
季節がひとつ、過ぎ去ってしまう。
「独特の盛り上がりがありましたね。
全国から同期が集められて、
周りに何もない田舎の山奥で寝起きを共にして(笑)。
だからその時のメンバーには、
今でもつながってる子がいます」
大学のゼミで鍛えられた「人前で発表する力」が、
ここでも大いに活かされた。
担当する薬について、医師たちに説明をすると、
「あなたの説明はわかりやすいね」と、
言ってもらえることもあった。
気晴らしは、ドライブ。
他社のMRさんと仲良くなって、
みんなでスノーボードに行ったりした。
「他社のMRさんと仲良くなる」のは、
「MRあるある」であるらしい。
「私と、主人の出会いもそれなんですよ。
他社の、同期MRだったの」
「他社のMRさん」として知っていた時期が3年ほどあって、
彼女の同期の友人と、彼の同期の友人が結婚をしたので、
その二次会で連絡先を交換したのだという。
「私とは、まったく違う生態の人。
『ザ・AB型!』なんですね(笑)。
しかも双子座。二面性のかたまり。
私からしたら理解不能!(笑)」
ここの掃除は超こだわってやるのに、
あっちの掃除は手抜きだったり。
さっきはああ言ったのに、
今は真反対のことを言っていたり。
「『お肉食べに行こう!』って移動してる途中で、
『やっぱり寿司!』って言い出すんですよ」
こっちはすっかりお肉モードである。
「お肉を食べる」、その一点にのみ照準が合っている。
「一緒に暮らしだした頃は、衝突もあったけど、
『ああ、この人はこういう人なんだ』ってわかってからは、
不安じゃなくなった気がする」
沙織さんは、与えられた状況をまず受け入れる人である。
「拒む」とか「途中でやめる」とかの選択肢がない。
夫についても、たぶん、彼女は受け入れたのだ。
それも無理やりとか自己犠牲とかではなく、
沙織さんのペースとグラデーションで、少しずつ。
「主人が自分で薬局を開業するって決めた時、
互いの親たちから賛否両論だったんだけど、
私は、本人がやりたいならやればいいと思うし、
そこで失敗しても、私が働くとか、
生きていく手立てはいっぱいあるから、
まあ、いいんじゃないの?
って思ってましたね」
その時その時で、
やりようはいくらでもある。
抗うでも、ねじ曲げるでもない道が。
抗う前に、まず、やってみる。
異物が現れても、まずは、うまくやっていく方法を探す。
それが、沙織さんなのである。
◆ひとりの人間として、扱ってほしい。
そんな沙織さんに、
拒みようのない出来事が訪れる。
「妊娠」と「出産」である。
「お腹の中にいた時点で、
障害があることはわかっていたんですよ」
お腹の中には、双子ちゃんの命。
けれど妹ちゃんはお腹の中で心臓病に力尽き、
お姉ちゃんは、脳に重い障害を持って、
「長女」として生まれてきた。
「障害があることをわかってて、
なんで産んだの?って言われたことが
何度かあって。
もちろん主人とは相談したけど、
障害があったとしても、
生きる力があるならそれでいい。
っていう感じだった」
お医者さんに状況を告げられて、
すぐ、そんな気持ちになれたの?
「ううん。私は無理だった。
『ちゃんとやっていけるのかな……』
っていう不安が先に来ちゃって」
でも、今度は夫が「受け入れ」担当だった。
どんな子が生まれても、自分たちは、
その子と一緒に、生きていく。
……でも。でもでも。
1日のほとんどを、子供と一緒に過ごすのは、
沙織さんなんである。
「主人は何でも手伝ってくれる人なんですよ。
子どもの世話も家事も、何でもできる。
だけど彼がいない間は、
私ひとりでその子を見ていて、
しかも、いくらあやしても、
反応がないんですよね」
少し離れると、すぐ泣き出してしまう。
ずっと抱っこをし続けなきゃいけない。
出かけられない。人に会わない。
おやつと、飲み物と、テレビのリモコンを並べて、
ただただ、子どもを抱っこし続ける日々。
「もうね、すっごい太った!(笑)」
夫の帰宅が、1日の終わりの合図だった。
でも帰宅した夫が、職場に戻らざるをえない事態になった夜、
沙織さんの心は大きく乱れて、彼女は悟った。
自分は、限界まで来ていると。
「子どもを虐待する親の気持ちが、
その時、わかってしまったんですよ。
泣き止まそうとしても一向に泣き止まなくて、
近所迷惑を考えたり、寝不足もあったし。
でも、虐待をしたらどうなるかを、
すごく冷静に客観視している自分もいたのね」
沙織さんは、2人いた。
壊れてしまいそうな沙織さんと、
それを許さない沙織さん。
「最初の1年半ぐらいは、ずっと引きこもり。
長女のリハビリをしに病院へ行くぐらいだった。
週末は、主人と3人で、出かけたりはしてたけど。
でも大きく変わったのは、
自分で外に出るようになってからかな。
障害児が通う養育施設を紹介されて、
同じような立場のママたちに出会って」
どうしたって、子ども優先になるんである。
沙織さんが現在「癒やし」につながる仕事をしているのは、
その頃の強い実感があるからだ。
「でもね、キツかったことはキツかったけど、
子どもってね、いてくれるだけでいいんですよ。
可愛かったし、彼女のおかげで知った世界もあるし。
ディズニーランドにも一緒に行ったの」
あのネズミ王国は、相当すごいのだそうだ。
障害者割引の類いは一切なく、
すべてのキャストが、徹底して、
他のちびっ子と同じように彼女を扱い、
彼女に話しかけてくれた。
「ショーを観ながら食事ができるレストランで、
子どもたちはショーの終盤、舞台に上げられて、
キャラクターと一緒に踊るんだけど、
車椅子で上がることはできないから、
『うちの子はいいです』って遠慮したのね。
そしたらそのスタッフさんが、
それをちゃんとミッキーに言いに行って、
ミッキーが、うちの子のところまで下りてきてくれたの」
そのことが、親にどれだけの喜びをもたらすか。
母は、娘の心をいつも案じて、こう思っている。
「普段ね、道を歩いていて、
誰かが娘にぶつかったら、
普通なら娘に『ごめんなさい』でしょう。
だけど私が『ごめんなさい』って言われるんですよ」
自分ではなく、娘を、ひとりの人間として扱ってほしい。
そんな思いが少しずつ積み重なって、
強い願いになっていった。
「いつも娘は、異物とか異世界のものに接すると、
シャットダウンするんです。
でもディズニーのその時は、喜んでましたね。
ずっと起きてたし」
そうか。お母さんにはわかるんだ。
そう私がつぶやくと、彼女は言った。
「最初の頃は、私にもわからなかった。
でも療育施設の先生が言ったの。
『この子、笑ってますよ』って」
余裕がないとね、そんなこともわからないんだよ。
自責でも自嘲でもなく、ただ率直に、彼女は言う。
だからこちらも率直に受け取る。
ここから起きることを。できるかぎり、そのまま。
もう一度、①から読みたい方はこちらへ♡
【近藤沙織のライフストーリー①】



