乙女のトキメキアメブロがはじまった14年前、あなたは何をしてた?ニコニコ

みんなの回答を見る右矢印
キャンペーン詳細右矢印


14年。長いようであっという間

でもありますね。

平成16年当時、

6歳だった子供は20歳になり、

私もあの頃はまだ20代でしたが、

今はめでたく40代になりました。

なんだか悲しいな。

でもいくつになっても、

子供の頃の気持ちだけは、

忘れないようにします。


さて今回のお題です(*^^*)


営団地下鉄民営化。東京メトロ誕生。


平成16年(2004年)4月、帝都高速度交通営団は民営化されました。思えば私は生まれた頃から実家を離れるまで、ずっと営団地下鉄(東京メトロ)の沿線で過ごしていましたが、今は違う沿線で生活しています。



長い間親しまれてきた、営団地下鉄のSマークが姿を消し、東京メトロのハートMマークに変わりました。
有楽町線に、営団成増と営団赤塚駅がありましたが、それぞれ地下鉄成増と、地下鉄赤塚駅に改称しました。



営団時代の地下鉄路線図です。

私が日比谷線で高校通学していた頃、中目黒駅でもらったものです。
平成2年当時のもので、まだ南北線や副都心線、都営大江戸線は未開業。半蔵門線が三越前止まりの時代です。


とくに左下に記載の、新玉川線二子玉川園目蒲線日比谷線の菊名まで直通運転の案内表記が、今となっては懐かしいです。

民営化10日前の和光市駅。


平成16年3月21日の和光市駅の点描です。
民営化を控えていた当時、平成16年の年明け頃から、順次マークの書きかえが始まりました。
最近民営化された、大阪市交通局とは異なり、3月中までに、ほとんどの営団地下鉄のマークが削除されました。


車体側面のマークは、あらかじめ東京メトロのマークに書きかえた上に、営団マーク付きの目隠しシールが張ってありました。(実際には、上からプレートを重ね張りしたものです。)

車両の先頭もすでにマーク書きかえ後でしたが、なぜか灰色のシールで、東京メトロのマークを隠していただけで営団マークなしでした。

もう少し近づいて見てみます。
なんだか間延びした印象で迫力不足ですが、短期間しか見られなかった過度期の姿。

営団マークのあった頃の、本来の姿。
やはりこちらが正統派です。(平成15年8月。我孫子駅)

私が高校1年生の頃、電車が大好きな当時小学生だったいとこと一緒に初めて参加した、営団地下鉄のスタンプラリー。

東西線開通40周年&妙典駅5周年記念。

もう一つのお題は、平成17年(2005年)1月22日のことです。
当日は記念列車の運転と、東西線の深川車両基地の一般公開。2つのイベントが同時に開催されました。あと3か月あまりで14年になるので、取り上げてみたいと思います。


妙典駅で出発前の記念列車。
当時、すでに残り少なくなっていた、開業以来からの5000系車両を使用した、特別列車が運転されました。


使用されたのは5816編成で、誰でも自由に乗ることができました。
通常は入ることができない、九段下〜飯田橋駅間にある、旧飯田橋検車区の広大な地下空間を見られる特典がありました。(窓から見えるのみで、降りることは不可能でした。)
普段は壁の裏に隠れていて、見ることはできません。


記憶が定かでないですが、妙典駅で子供に制帽や東京メトロのはっぴを貸し出した、記念撮影があったようです。
終始なごやかな、日曜日のひとときでした。


東西線の深川車両基地も一般公開。
当時最新鋭だった新05系車両の、車体吊り上げシーン。


昭和39年12月の、高田馬場〜九段下駅間開業当時の装飾を復刻した車両も、展示されていました。(5813編成)
この車両は車庫内の展示のみで、走行することはなく、すでに廃車予定の保留車になっていました。

最後になりますが、早いもので東京メトロ発足から来年で15年になります。かつてはごく平凡な毎日だった営団時代も、少しずつ遠い過去の思い出になりつつありますね。

皆さん、読んでくださいまして、ありがとうございました。