最近誰とハグした?


だいぶ日付けが過ぎてしまいましたが、古いネタですみません。少しずつ書きためていました。


ハグ、いいですね。温かな肌のぬくもりが、どれだけ心をなぐさめ、優しいおだやかな気持ちになり、安心させてくれることでしょうか。


▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう


思い出して見ましょう。
思い出して見ましょう。

あの日の思い出を。


今回は、ハグについて少しお話ししたいです。

ハグやトントンは、子供の特権ですね。
子供たちのことを少しでも、いや、できるならば、いっぱい抱きしめてあげてほしい。

街中で優しいお母さん、お父さんにハグされている子供を見かけるだけでも、こちらまで元気になってしまいます。

ハグと一緒にたくさん笑って、たくさん泣いて、そしてまた元気になって・・・。
懐かしくもあり、うらやましい姿でもあります。


仲よしの若い女の子同士。大人になっても一緒にハグしたり、手をつないでいる女の子をしばしば見ることもあります。何だか楽しくて幸せそう。ほほえましくて、かわいいですね。



恥ずかしながら、私の子供の頃のことを少しお話ししたいと思います。

覚えています。私が3歳くらいからのこと。
そうですね。古きよき昭和53年(1978年)〜54年頃。

いたずらっ子だった私を、いつも優しく抱きしめて、時に厳しく叱って下さった、幼稚園のときの担任の先生、そして園長先生。
少し生意気だった私が、先生にひどいことを言ってしまっても、決して怒らないで、ぎゅっと抱きしめ、優しく諭してくださった、懐かしい思い出。

毎日幼稚園に通うとき、園の入り口の近くまで母と一緒に手をつなぎ、別れる前に私の頭を撫でながらハグをしてもらい、私は「行ってきます!」の一言とともに、しばしの別れ。

そして家に帰ると、必ず玄関の前で「おかえりなさい」のハグ。

昭和50年代半ばの当時、私は母と一緒に3時にあいましょうや、3時のあなたなどのワイドショーを見ながら、おやつを食べていました。

私も近くに住んでいる小さないとこ、あるいは、仲よしの友達のこと、いつもぎゅっとしていました。

当時流行っていたピンクレディーや、すでに引退していましたが、私が大好きだったキャンディーズのレコードを聴きながら、ハグやトントンと一緒におやすみなさい。

夜、寝るときは、アラレちゃんのパジャマや枕といつも一緒でした(*^^*)

あの時好きだった子守唄。


天使のパンツやトレロカモミロは、私が大好きな童謡でした。

マイピュアレディ。
微笑がえし。
ルビーの指輪。
銀河鉄道999。などなど。


そっとさよならは昭和54年から、TBSの夜の天気予報のBGMとして流れていた、隠れた名曲の一つです。


和室だけの古いアパート暮らし。聚楽塗りの壁に、ダイヤル式チャンネルのテレビ。紐引き式の旧式水洗トイレ。そして紐を長く伸ばした、天井の蛍光灯。そんな毎日の私の生活。

参考:聚楽(じゅらく)。かつて和室の内装によく見られた、かつお節のような金箔(もどき?)の入った塗り壁。はがれやすい一方で、画鋲の跡が分からない優れもの。

そして、ある休日のことです。



休みの日に地下鉄に乗って出かけるたびに、そっと後ろから、私のことを必ず抱きしめていた母。
そう、私が線路に落ちないように。


電車に乗ること、そしてデパートに行くこと、何もかもすべてが特別なイベントでした。


不思議なことに、あの頃は、夏の暑さをあまり不快に感じることがなかったです。
いまだに分からない、七不思議のひとつです。

学校も街中も、冷房があまりなかった時代ですが、まだあの当時は、今ほど異常な夏の暑さになることがなかったのかも知れません。

私の記憶では昭和59(1984年)は、記録的な大雪、そして猛暑の夏でしたね。
名古屋の東山動物園等にコアラが来日し、エリマキトカゲが流行っていた、懐かしい時代。

私が小学2年生になったばかりの、4月はじめ。

当時の担任の先生が、みんなに出した宿題。
それは、お母さんに子守り歌を歌ってもらうこと。

私は正直、「えっ!」と思いました。

家に帰り、「もう2年生だし、赤ちゃんじゃない!」と、私は母に言いましたが、その日の夜、母はそっと私をハグしながら、久しぶりに子守唄を歌ってくれました。

嬉しさと恥ずかしさで、うるうるした気持ちで眠りについた記憶を、今でもはっきりと覚えています(*^^*)
とても素敵な、明るい新学年を迎えることができました。


実は当時の国語の教科書に、「春の子もり歌」が、2年生の一番最初のお話にあり、それにあやかった宿題を、先生が考えてくれたものでした。


それから2年後。私が東京の小学校に転校したとき、なかなか新しい学校に馴染めず、いつもトイレに隠れて泣いていました。みんなの前では涙を見せたくない意地が、自ずとありました。
それでもやはり家に帰ると、玄関で泣いてしまった。前の小学校に帰りたいと。

その時も、私をすぐさま抱きしめてくれた母。
そのほかにも、当時の担任の先生が優しかったので、私は次の日も頑張って学校に通うことができました。

記憶が定かではないですが、おそらく4年生くらいが、ハグをしてもらった最後の学年だったと思います。

大人になってから、つらいことや苦しいことがあっても、幼い頃の優しい思い出は、きっと自分をなぐさめ、勇気付けてくれるはずです。

ハグはみんなを元気にしてくれる、不思議な宝物。いつまでも永遠に。

皆さま、読んでくださいまして、ありがとうございました(*^^*)