
皆さんは「人生時計」という名前を聞いたことがあるでしょうか?
今回は、この「人生時計」についてお話ししたいと思います。
70年ほど前、偉大な心理学者であるユングは、人の一生を一日に例えて、40歳前後(今のアラフォー世代)を「人生の正午」と呼びました。
このことについては、ブログ記事「人生の午後」に詳しく書いてあります。
この考えの中で彼が強調したのは、人生の正午がやってくると、人生に質的な変化が訪れるということです。
ユングは、この「人生の正午」について次のように語っています。
「太陽は、予測しなかった正午の絶頂に達する。
予測しなかったというのは、その一度限りの個人的存在にとって、その南中点を前もって知ることができないからである。
正午に下降が始まる。
しかも、この下降は午前までの全ての価値と理想の転倒である。
太陽は、矛盾に陥る」
ユングは、いわゆる「中年の危機」というのを指摘している訳です。
ユングのこの考え方は、人生を考える上で非常に示唆に富んでいると思います。
おそらく、彼のこの考え方に影響されたのだと思いますが、人生を捉える方法として「人生時計」というものがあります。
自分の一生を一日(24時間)に換算して、今現在の自分は何時ごろにいるのかを考えるのが「人生時計」と言われるものです。
もちろん、自分が何歳で死ぬかは誰も分からないので、どう計算したら良いのか見当がつかないですが、仮りに自分の寿命を72歳までと考えて、今の年齢
を3で割ると計算がし易いというのが「人生時計」です。
72歳÷24時間=3歳/時間(1時間当たり3歳)
というのが計算の単位になります。
これでいくと、27歳の人は 27÷3=9 で、一生を一日に例えると、今は午前9時の位置にいるのです。
36歳の人はちょうど正午、42歳の人は、42÷3=14時 なので午後2時ということになりますね。
3で割るのが一番簡単な計算方法ですが、これを平均寿命で換算してみても良いと思います。
日本人の平均寿命は、男性が80.50歳、女性が86.83歳だそうです。
これでいくと、
男性は80÷24=約3.5歳/時間(3.333…を少し大きくして、計算し易くしたもの)、
女性は87÷24=約3.6歳/時間(3.625…を切り捨てたもの)
となりますね。
これでいくと、27歳の男性は午前7時40分頃、36歳の女性は午前10時頃の位置になります。
男女で分けるのは面倒なので、男女とも平均寿命を80として、年齢を計算し易い3.5で割れば良いでしょう。
これでいくと、36歳の女性は午前10時17分となります。
「17分も人生時計が前に進むのは嫌だ!」という方は、3.6で割ってください(笑)
42歳の女性で計算してみると、3.5で割れば正午、3.6で割れば午前11時39分。
36歳で17分の差だったのが、42歳では21分の差になるのですね。
しかも、女性で42歳という年齢が、正午なのかまだ午前中なのかは、心理的に大変な違いがあるかと・・・?(笑)
どうやら、女性は、間違いなく、42歳を過ぎれば3.6で割って人生時計の時刻を調べた方が良いようです。
まさに「人生の正午」!・・・質的転換です!(単に計算で慰めているだけの気もしますが・・・)
72歳の男性は、3.5で割って午後8時34分、同じ72歳の女性は3.6で割って午後8時です。
34分も差が開きます。
ここに同年齢の老夫婦がいたとしましょう。
夫はがんばって平均寿命より長い84歳まで生き、妻も平均寿命の87歳まで生きるとします。
夫が84歳の真夜中12時にお眠りになる頃、妻の人生時計は午後11時20分です。
何と、妻は後40分も夜中のティ―タイムを楽しむことができるのです。
同年齢の夫婦でこうなるのですが、これが、妻が年下で年齢差があれば、夫が入眠した後、妻が真夜中12時までゆっくりるできる時間はもっと増えます。
うらやましい限りです。
実際に、夫に先立たれても、自分の人生時計を楽しんでいるような生活をしている女性は多いですね。
個人的な感想ですが、これが逆ではどうもうまくいっていないような気がします。
つまり、妻に先立たれた夫の多くは、本当に生きる力を失って、人生時計が狂ったように進んでしまうような気がします。
実際にどうなのでしょう?
妻に先立たれて長生きした夫は少ないのではないかと思われます。
妻はやっぱり夫より長生きし、夫が他界してもさらに長生きし、ゆっくりと余生を送る人生である方が良いのだと思います。
ところで、今の自分の「人生時計」は何時頃になるか、もう計算はしましたか?
平均寿命を基にした人生時計で計算すれば、20歳は午前6時にはもなっていない早朝で、30歳代はまだ午前中なんですね。
長い人生を24時間に縮小して人生時計に置き換えてみることで、今自分は人生のどのあたりを歩いているのかを実感することができます。
ただの年齢よりも、そこから先に残された一日(一生)の展開の想像ができます。
人生約80年と言われてもピンとこないものを、人生時計によってたったの一日に当てはめることで、自分の立ち位置を確かめられます。
この時計は、必要以上に焦ったり、落胆したり、人生終わった気になる必要はないと実感するとともに、今どういう心構えでいるべきか、何をすべきかを考えることに役立ちます。
例えば、今まで何も考えずにただ時の流れに身を任せる人生であったような人は、人生時計の現在時刻である今の年齢まで眠っていた状態とも言えます。
「寝過ごした分、大急ぎで遅れを取り戻さなければならない」と考えるか、「まだ時間はあるし、時の流れるままに人生を楽しもう」とするかは、皆さんの人生哲学に負うところが大きいのでしょう。
この人生時計と普通の時計に大きな違いがあるとすると、皆さんは何だと思われますか?
私は2つあると思います。
1つは、人生時計は、時間帯によって遅い時と早い時があるということです。
機械時計で計れる物理的な時間帯に早いも遅いもないのですが、人生時計にはそれがあるのですね。
例えば、25歳から35歳、人生時計では午前7時から午前10時頃は、いろいろな出来事や結婚に焦る心理状態などから時間が早く進むような感覚になるのではないでしょうか?
これは、平日の午前7時から午前10時頃、登校や出社の準備や移動などで慌ただしい思いをして、いつの間にか時間が経っていたという経験と重なります。
これが35歳を過ぎると、だんだんと結婚への諦めがあったり、マンネリ的な結婚生活があったりして、退屈な時間が多くなり、時間の進むのが遅く感じられることもあるでしょう。
このように、人生時計には時間の早い時と遅い時があるのです。
「それは心理的にそう感じるだけで、実際には同じ時間が流れているだけだ」と批判してはいけません。
人生時計は、自然科学が用いる機械時計ではなくて、「心で感じる時計」そのものなのですから・・・。
2つ目の人生時計と普通の時計の違いは、普通の時計には「明日」がありますが、人生時計には「明日」という時はないということです。
もしかすると、今日という一日(一生)を終えて、その一日がどんな日であったかを振り返る時間もないかも知れません。
となると、年齢が夕方になると、「残された時間がもうない」とかなり焦ってしまうかも知れませんね。
18時頃からを夕方とすると、63歳から65歳です。
まだ人生を振り返るような年齢ではありませんが、これから夜になるような時刻に、そのような時を設けたいものです。
せめて、午後10時を過ぎた頃から、今日という日(一生)を振り返る時間的余裕ぐらいは持つことができる人生を歩みたいものです。
人生時計が心理的な時計だからと言って、自分の意志で勝手に針を遅らせたり、時計を一時的に止めるといったことはできません。
「時計」という名前がついていますが、これは「太陽と地球の動き」と同じです。
人間の時間は「時計」が支配しているのではなく、天(太陽と地球の動き)が支配しているのです。
真夜中から太陽の出ない朝まで、心は太陽が昇ってくるのを感じながら成長し、日の出から心に太陽が現れます。
南中までの午前中はその太陽が勢いよく昇り、南中(正午辺り)を過ぎれば、太陽はゆっくりと下降に向かいます。
それは人生の下り坂ではありません。
午後になると、地表の温度がピークになるように、心の温度も最高になり、生物の活動が活発になるように、心の機能も活発になります。
夕方には鮮やかな夕焼けが見られるように、60歳を過ぎれば、心に人生の色合いを彩ることができるかも知れません。
太陽が沈み、夜になった時、実際の生活では明日を思いながら今日という日を振り返ることができるのですが、人生時計の中の夜では、明日を思うことができません。
そんな夜をどのように過ごすのか?
夕方が近づき始めた頃から、それへの思いを強くせざるを得ないのが、人生時計の大きな課題と言えるでしょう。
この記事を書き終わった時、ふと、有名なアニメ動画を思い出しました。
最後に、そのアニメを皆さんと一緒に鑑賞したいと思います。
アニメは、鉄拳さんの『振り子』(←クリック)です。

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