先日、知人から泣きながら電話📲
パートナーのお悩み相談だった。
2人では話が纏まらないという。
長くなりそうだからうちに来ない?と誘うと早速来た。
草刈りをする予定だったが、後回し
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愚痴や不満を言う人(過去の自分も含め)は
「なぜ自分はそう思うのか」という自分の心には目を向けない。
その感情は怒りなのか、悲しみなのか?
と聞くと
相手にとっての自分は何なのか?
↓
自分を理解して貰えない悲しみ
にたどり着いた。
人は不器用だから、悲しみの言葉ではなく怒りの言葉を相手に向けてしまう。
怒りをぶつけるか
悲しみを伝えるか
相手にとっての受け取り方がガラリと変わる。
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相手の男性にも我が家に来てもらった。
彼は彼で、時間と心に全く余裕がない。
だから、尚更愚痴や不満を言われると自動的にシャットアウトしてしまう。
知人には、悲しみの部分を伝えるように伝えた。
彼には、彼の世界に家族を入れて、時間にも心にも余裕を持つようアドバイスした。
最後は笑顔で2人仲良く帰っていった。
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後日
やれやれである
人というのは本当に不器用だ。
「怒りを辿るとそこには悲しみがある」
それをわかっている人は多くはない。
そして、人は自分が正しいと思い込んでいる。
正しい、正しくないと判断するからややこしくなる。
時には正しくなくてもいいのだ。
正しいだけに人間など、どこにもいない。
SNSの誹謗や中傷がまさにそれ。
自分が正しい、相手は間違っている、と。
あなたはそれほど完璧ですか?と問いたい。
人間は凸凹だ。
凸凹なのが人間らしい。
凸凹だから人間なのだ。
凸と凹が認め合う世界は争いはないのだ。
草刈りを後回しにしたことで、過去の自分を省みる現象と出会えた。
変人は時にはカウンセラーとなる(笑)





