宮古馬虐待が全国に知れ渡った日、無残にも放置された仔馬の死 #宮古馬  | めー子のブログ

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宮古馬虐待が全国に知れ渡った日、無残にも放置された仔馬の死

2018.12.21『週刊SPA!』宮古馬取材班

https://hbol.jp/181720/3

 

 12月6日、宮古島のN牧場で一頭の宮古馬の雄馬が息を引き取った。  放牧中の自然事故で骨折して2か月、馬もがんばり、飼育者も懸命の介護をしたが、ついに力尽きたのだ。  その馬の名前は「ウプカジ」。現在の宮古馬のなかでは最高齢。といっても20歳で、まだまだ元気溢れる男盛り。長年のリーダーで、N牧場を代表する存在でもあった。  そのウプカジの怪我や闘病の様子は、N牧場を応援する会のサイト「ミャークヌーマ宮古馬の会」(現在は閉鎖中)で折々に発信され、それを見た全国のフォロワーからはたいへんな反響と応援があった。

最後まで手を尽くされ、死んでいった宮古馬ウプカ

ウプカジ

N牧場のリーダー馬ウプカジは、牧場関係者によって手厚く葬られた

 

N牧場は、飼育者の中でも最多頭数を飼育していて(41頭のうち27頭)島内の飼育者のなかでも、馬たちがのびのびと育てられている姿を見ることができる飼育牧場だ。もっともそれは自己負担で、年間200万円ほどの赤字を補填しながら、ギリギリ支えられているに過ぎない。飼育者の負担は限度を超えている。  ウプカジは馬にとって致命的な後足の骨折をし、事故当初はN牧場でも“安楽殺”がよぎった。しかしウプカジの快復を祈り、島でできる最善のことを尽くした。その骨折治療の様子を前述の会のサイトで知った全国の馬の専門家たちからは、島の医療体制の不備に疑問の声も寄せられ、サポートの申し出もいくつか寄せられた。 「とてもありがたいお申し出をいただいて感謝しましたが、どれもウプカジを島外に出して手術するというものでした。費用はもちろん、半野生の放牧で育った馬のストレスを考えると、とてもお受けできなかった」(N牧場主)  また、大学獣医学部からのさまざまな申し出もあったが、担当課で行き違いもあり、飼育者へ届かなかったこともあったようだ。結局、島内の牛などを診ている獣医が、ボランティアで手当てをしてくれた。馬専門の医師は、宮古島だけでなく沖縄本島にもいない。N牧場主はこう語る。 「獣医さんはボランティアで来てくださるのです。診療費は宮古馬保存会から出るのですが、後からの請求など手続きの煩雑さから、保存会を通さず無料で診察してくれています。でも、だからこそ申し訳なくて、なかなか診察をお願いできないんです」  医師を呼ぶ事態というのは、一刻を争うとき。それにも関わらず躊躇せざるを得ないシステムは、助かる命も助からない結果につながる。ウプカジはこうした中でも奇跡的に2か月を生きたが、今年12月初めについに力尽きた。

仔馬の虐待を知ったボランティアが命をつなぎ続けた

カイト

ボランティアが命をつないでいた、仔馬カイト

 一方で、去年も母子馬を虐待死させた飼育者S氏の厩舎に、今年新たに引き取られた母馬と、そこで生まれた仔馬「カイト」がいた。その母馬はとても健康な馬だった。その母馬を知るA氏は「性質が温厚でやさしい雌馬でした。S氏のもとに持っていかれた時には、とても健康で美しかったのです」と語る。  前の飼育者のもとで大切に育てられていたその馬は、S氏のもとでみるみる痩せ細っていった。仔馬を産んでさらに体力を消耗し、十分な餌ももらえないまま衰弱。保存会もそれを知っていながら放置していた。その結果、母馬は出産後ほどなくして死んだ。残された生後1か月の仔馬も、1週間もミルクをもらえない状態で放置されているという情報が伝わってきた。  その情報を知った地元の関係者B氏は、「仔馬は1週間もミルクを飲めていない、市の担当部署に見に行ってほしいと連絡しましたが、まったく動いてくれませんでした。居ても立ってもいられず見に行きました」という。すると仔馬はやせ細った姿で、奇跡的に生きていた。  その仔馬の危機を知った「ミャークヌーマ宮古馬の会」のC氏が仔馬の情報を発信すると、記事は次々とシェアされ、全国各地からの好意によって仔馬用のミルクやペレットがすばやく届けられた。 「その間にも、宮古島市の担当部署に仔馬レスキューのミルクを調達するように緊急要請しました。でも、市は最後まで動いてくれませんでした」(C氏)  それどころか、担当部署は「他人の土地だから立ち入らないように」と、仔馬の救出行為にストップをかけたという。S氏は、まだ草を食べることのできない仔馬に固い草しか与えずにいた。そこでボランティアたちがこっそりとミルクを与えに行っていた。彼らはS氏に見つかって、怒鳴られたり追い返されたりしながらも「仔馬の命が最優先」と、辛抱強くS牧場に通って世話を続けた。  ボランティアたちが仔馬の命をつなぎ、ようやく餓死の危機を脱した頃、S氏は「市と一緒に、小学校で仔馬のミルクやり体験をさせる」と言い出した。それを知った県外の馬関係者が驚き、ただちに市に抗議。なんとか取りやめになった。 「仔馬は一回に少量の母乳を一日何十回にも分けて飲みます。一度に子供たちが大量のミルクをやれば、仔馬の体が心配です。やっと元気になったばかりなのに……。市のほうも、馬への愛情も知識もありません」(宮古馬支援者のD氏)

 

虐待問題が全国に知れ渡った日に、死んでしまった仔馬

S氏のもと、不潔な馬房で死んだまま放置された仔馬

 

ボランティアの努力もあって仔馬は元気を取り戻し、Webを通じてその快復ぶりを伝えてきた。遠くは北海道からも支援物資が届き、仔馬のもとに何回かに分けて届けられた。そんなある時、狭い場所に閉じこめられていた仔馬は、柵の隙間から外に脱け出していた。  それを見たS氏はその柵を直すこともなく、仔馬を綱で縛った。仔馬の繋ぎ飼育は綱がからまり事故を起こしやすく、とても危険だ。仔馬は跳ね回り、その綱に絡まって前脚を折ってしまった。ギブスをされた仔馬はうまく歩けず転び、みるみる弱っていった。  そしてある日、仔馬は衰弱し変わり果てた姿で発見された。くしくも今回の宮古馬の虐待問題を全国に広めることとなった『週刊SPA!』発売日の午後のことだった。 「ひどい飼育現場にいる宮古馬たちをどうしたら救出できるのかと悩んできました。これまで、騒ぐことで馬に危害が及ぶことを危惧していました。それを今回『週刊SPA!』が取り上げて事態が明るみに出て『やっとあの仔馬を救える!』と思ったんです。そのわずか数時間後にこのようなことになるなんて……。せっかく全国の方からの応援で、いったんは救うことができたのに」(「ミャークヌーマ宮古馬の会」を主宰するE氏)

牧場によって明らかに違う、宮古馬の扱い

 N牧場で最年長の宮古馬が死んだわずか5日後に、この仔馬が後を追った。一方の馬は最期までたくさんの人の応援を受け、手厚く弔われた。他方、仔馬のほうはS氏の不潔な厩舎で、泥だらけの無残な姿で放置されていた。そのS氏に、まだ市は預け続けるという方針のようだ。  そして、市は全国から寄せられた多くの問い合わせに対して「『週刊SPA!』の写真は昔のもの。現在は改善されている」と説明している。しかし、前回の記事も今回の記事も、どちらも今年11~12月のことなのだ。  飼育者によって、これほどまでに馬の扱いが違い過ぎる現状を市は長年放置してきた。この先も不適格な飼育者が出てくる可能性は否めない。また、それを指導する力を宮古島市も持っていない。宮古馬たちの未来を考えれば、与那国馬や御崎馬のように、全頭放牧を検討するのも必要かもしれない。E氏はこう語る。 「宮古馬は、宮古島の宝です。40年前、数頭にまで減り絶滅寸前だったのを、当時の関係者の頑張りがあって、ここまで命を繋いできたのです。しかし、この1年で1頭も増えていません。劣悪な飼育で馬を死に至らしめた飼育者、それを放置していた市当局は当然責任を問われるべきですが、責めてばかりでは何の解決にもなりません。これからどうしていくのか、市と協力しながら宮古馬の未来を創っていきたい」  現在、宮古馬の虐待問題について、全国から注目が集まっている。寄付・支援したいとの申し出もたくさん出てきている。これをきっかけに、宮古馬の扱いが少しでも良くなっていくことを期待したい。

 

<取材・文/『週刊SPA!』宮古馬取材班>

 

~転載終了~

 

 

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